「わたし、小笠原愛。よろしくね」
そう言って、
彼女が笑った。
走る彼女の後ろ姿が、見えなくなるまで息を詰めて見送って、葉
月は堪えられずに座り込んだ。
会えた。
――でも覚えてない。
それでも逢えた。
――忘れたこと無かったのに。
思い出のままの輝く笑顔。
――片時だって。
ようやく逢えた。
ありとあらゆる想いが沸き起こり渦巻く。
それでも――。
見上げた視界に映ったのは。
青い空。
教会の屋根。
それを目にすると、色々だった感情が一つになる。
――見付けたんだ。
――逢えたんだ、お前に。
覚えて貰えていなかったのは、とても苦しく辛かったけど。
あの頃のままの笑顔を、また見れたこと。
それは――喜び。
気が付くと、講堂の方がざわついている。
どうやら式が終わったらしい。
彼女に言ったように、ここで入学式になってしまったらしい。
葉月は立ち上がると、もう一度青い空に浮かぶ教会の鐘を目に映
して、そうして歩き始めた――。
*****
――あれは…?
帰り道。海が見える坂道の十字路。
辺りを見回す小さな人影に、目が吸い寄せられた。
――あ、愛!
そこには小さな『愛』がいた。
思い出の中の小さな彼女と今現在の彼女の、丁度中間の『彼女』
が佇んでいた。
「なに?」
振り向いて首を傾げた表情もそのもので、思わず絶句する。
「お兄さん、俺になんか用か?」
その声に我に返った。
よく見ると、『彼』は黒いランドセルを背負って、膝までのズボ
ンを履いている。裾からすっくと伸びた足元には青と紺のスニー
カー。
男の子だと認識して、心の中で「どうかしてる」と苦笑いする。
「いや…なんか、きょろきょろしてるから…、道に迷ったのか、と
思って見てた」
「ええ〜、そんな風に見えたかなぁ」
少年は笑って肩を竦める。
「あ」
やはり似ている。屈託なく笑う顔が。
と、
「おーい、小笠原! 絶対来いよなー」
交差点の向こうから、ランドセルをしょった少年たちが、大声で
呼んできた。
少年は、振り返って
「おおーー! 行く行く。絶対に行くからなーー」
と手を振る。そうしてクルッと葉月を振り返り、
「お兄さん。はばたきグラウンドって、ここからどう行けばいいの
かな? 俺、引っ越して来たばっかで、この辺り、よく知らないん
だ」
そう言って頭を掻く仕草は、これはしっかり年相応の少年のもの
で。
「はばたきグラウンドなら、この道を降りて最初の交差点を右に曲
がると、すぐ見えるな」
「ふうん、そうか。ありがと」
少年が、ニコリ、笑った。
やっぱり似てる。
『小笠原』と呼ばれていたし、おそらくは彼女の弟だろう。
そう推測をしていると
「お兄さん、はばたき学園?」
少年は、葉月の纏う制服を指さして尋ねた。
「ああ…よく知ってるな」
「まあね、で、何年?」
「一年…高校の、な」
「ふーん…じゃ、丁度いいかな?」
少年はうんうん、と何度か頷く。
「? なにが?」
「あ、こっちのこと。でさ。お礼と言っちゃなんだけど、これ」
少年はごそごそ何かを書き付けて、白い紙を差し出した。
「え?」
戸惑う葉月に笑いかける。この笑顔を見ると、葉月は妙にそわそわ
した気分になってしまう。
「気が向いたらかけてみてよ。それじゃ」
そう言うと手を振って、カタカタとランドセルを鳴らしながら坂
を走っていった。
「何だ?」
拡げてみると、そこには0から始まる幾つかの数字――携帯の番
号が書かれてあった。
――…………。
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