一面の白。
切れそうな青い空。
アーサーはいつもの広場で、いつもの遊び仲間と雪合戦をして
いた。
二組に別れて雪壁作り、棒切れを立てる。雪玉を投げ合い隙を
見てその棒を奪い合う。雪国の子供達の大好きな遊びだ。
「それっ!」
掛け声と共に、雪玉が飛び交い始めた。
「うわっ!」
額に当たった雪玉が、いつもより痛い。割れた雪玉を見ると、
中に氷の粒が入っていた。
「反則だっ!」
雪玉の中に氷を入れるのは、暗黙のうちに『やってはいけない
こと』になっていた。
額の痛みより、氷を入れられた事に腹が立った。
アーサーは振り向き、後ろに怒鳴った。
「おい、セティ。こっちも氷を入れよう!」
背を丸めて、ひたすら雪玉を作っていたセティが、顔を上げた。
「だめだよ、アーサー。それは反則だ」
「だって、向こうは入れてきているんだぜっ。こっちも入れな
きゃ、負けてしまう」
割れた氷入りの雪玉をセティに突きつける。
セティは氷をつまんで確かめたが、首を振って
「氷を入れなくても勝てるよ。これを投げてみて」
と、ポンッと雪玉を一つ投げ渡し、翠の瞳で目配せをした。
「おい、セティ…」
口を尖らせ抗議しようとするアーサーをしり目に、
「これ、最新式だよ」
と、セティは味方に配り始めた。
アーサーはちょっと頬を膨らませたが、試しに渡された雪玉を
思いっ切り投げた。
「あっ」
雪玉が、ぱっと細かく砕け、雪煙が立った。
雪国育ちの子供でも、いきなり顔全部に雪が降り注がれてはたまらない。
慌てて振り払おうとしたところへ、次々と雪玉に襲われ、手がおろそかにる。
アーサー達の陣地に飛んでくる雪玉が急に減った。
「今だ!」
ぱっとアーサーは飛び出し、棒を奪った。
「やったぜーーー! とったぁ!」
クルクル、頭の上で棒を振り回す。
やったーー! と味方からの歓声と拍手。やられたー、と敵方から悔しそうな声。
「おい、もう一度やろうっ」
そうだ、そうだ、もう一回だ、と負けた子供達が口々に騒ぐ。
このままでは収まらない。まだ日も高い。
「やってもいいけど、氷は無しだよ」
後ろから、セティの静かな声がした。
一瞬の沈黙。
「………悪かったよ」
敵方のリーダー格の子供が謝った。釣られて他の子供も頭を下
げる。
シレジアに戦いの足音が迫っていた。大人達の不安や苛立ちが
子供達にも伝染っていた。
「それじゃ、もう一回やろう! 今度も負けないよ」
セティがぱっと駆け出す。
「なに言ってんだ! 今度こそ勝つぞ〜〜〜」
気まずい空気が吹き払われる。
「あ、待てよ、セティ。あの雪玉はセティが作ったんだろう?」
「うん、そうだよ」
「俺達にも教えろよ」
「うん、いいよ」
「あっ、だめだよ、セティ。教えちゃ、だめだ」
セティが屈託なく頷いたので、味方の方が慌てて止める。
「だって、それじゃこっちは勝てないじゃないか」
「あれはこっちの秘密兵器だいっ」
「それじゃみんなに教えてあげるよ」
セティがニコニコ笑った。
「ごはんよ〜」
遠くから子供の名前を呼ぶ声がし始める。気が付くと、もう太
陽が傾きかけていた。
「あっ、もうこんな時間だ」
「それじゃ〜な。また明日」
「おう、またな〜」
口々に別れの言葉を言って、家路につき始める。
アーサーとセティも皆に手を振って一緒に歩きはじめた。
二人の家は、みんなとは逆方向の小高い丘にあったのだ。
「セティ、あの雪玉の作り方、もっと教えろよ」
街の外れまで来てアーサーが言った。
せっかくセティが教えたのに、アーサーは上手く作れなかった
のだ。
「それはいいけど…」
と言いかけて、アーサーの方を見たセティが、ぎくりと驚いた顔
をした。
「アーサー、おでこにけがしている。血が出ているよ」
「えっ?」
額に手をやると、ずきりとした。慌てて手を見ると、乾いた赤
い粒がついていた。
「ほんとうだ、気が付かなかった」
あの氷入りの雪玉が当たった時に怪我したのだろう。そのあ
と熱中して遊んでいたから気が付かなかったのだ。
「ごめん。僕は杖が無いと、ライブをかけてあげれない」
セティが済まなそうに顔をしかめる。
「いいよ。大した怪我じゃないし。それより教えろよ」
と、しゃがみかけたが、セティはその手をひっぱって立たせ
「ダメだよ、きちんと手当てしないと」
と言って、自分からアーサーの家の方へと歩き始めた。
普段は大人しめなセティだが、こうなったら聞かない。
アーサーはちょっと肩をすくめて、セティの後を追った。
「ただいま〜」
家に入る。
ふわりと暖かい空気に包まれて、逆にアーサーはぶるっと
身震いした。
「おかえり、アーサー。あら、セティも」
妹を抱いた母が出迎える。
「あのね、アーサーがおでこに怪我しちゃった」
一緒に家に入ったセティが、さも大事なことのように母に告げる。
「まあ、アーサー。見せてごらんなさい」
「大丈夫だよ、これぐらい。セティが大げさなんだ」
アーサーはちょっと強がって手を振ったが、母は構わずしゃが
み込んでアーサーの額の髪を少し分けた。
「ちょっと切れちゃっているわね」
「血が出ている」
心配そうに覗き込んだセティを振り返り、母は
「大丈夫よ、セティ。ほんのちょっと切っただけだから」
と微笑んだ。
母は妹を暖炉の横の小さな寝台に降ろすと、ちょっと待ってい
てね、と妹に声をかけ、アーサーの額の手当てをし始めた。
額の上で母の白い指が動くのをぼんやり見つめる。
「はい、これでいいわ」
母が、すっと手を額の上に置き、髪を直しながら
「もう痛くないわね」
と言ってアーサーの顔を覗き込んだ。
じっとその様子を見つめていたセティは、ようやくほっと安心
の息をついた。
そうして、くるっと向きを変え、ぱたぱたと暖炉の側の小さな寝台へ
と向かうと、ちょっと背伸びして中を覗き込んだ。
きゃっきゃと妹の笑い声。
ぱちん、暖炉で薪がはぜる音。
「あら、遊んでくれているのね」
アーサーと一緒に暖炉にやって来た母が、微笑みながらセティに
声をかける。セティは振り返って
「まだお外には出れないの?」
と聞いた。
「まだアンヨが上手くないの。外は寒いしね」
「フィーはもうずいぶん歩けるんだよ。早くみんなで一緒に遊べ
るようになったらいいのにね」
「そうね、春になったらお外でも遊べるようになるわ。そうした
ら一緒に遊んでね」
「うん!」
「ありがとう」
母とセティが笑い合った。
「それじゃ、ぼくはもう帰るから」
「一人で大丈夫?」
心配そうに聞く母に、セティが笑って
「まだ明るいから大丈夫。それじゃアーサー、また明日なっ」
と言うと、さっさと扉を開けて外に出ていった。
アーサーがカタンと出窓を開けて、大声で
「また明日なーー!」
と叫ぶと、薔薇色に染まった雪原に、手を振る小さな影が映った――。
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