生まれいづる瞬間( とき )

3



 アルカディア――。
 小宇宙となったこの地は、やはり穏やかな陽に包まれている。
 アリオスは約束の地に転移した後、日向の丘へと足を向けていた。
 ――本当に何も変っちゃねぇな。
 一度、アンジェリークと共に過ごした後は、訪れていなかったが、
街並みも田園も、まるであの頃のままだ。
 まるで時が止まったかのようで。それでいて、頬を撫でる風は爽わ
やかだ。
 少し汗ばむくらいの陽気で、風に乱された髪をかきあげ、片手に
花束を持って、アリオスは歩いた。
 
 日向の丘へと続く散歩道。
 その佇まいも何も変わっていない。
 さらさらと軽やかな音を奏でる小川。葉擦れの音を立てる木立。
小さな花や実をつけた鮮やかな緑の茂み。
 ここは永久(とこしえ)の春の地だ。
 アリオスは散歩道の景色を愉しみながら、ゆっくりと階段を登った。
 
 丘の上は、一層風が強く、中央の澄んだ水を湧き上げる噴水か
ら、風に運ばれ飛沫がかかる。アリオスは苦笑いしながら、煌めく
光の粒にしばし見とれた。
 奥の草原(くさはら)は、若い緑の草に彩られて目に眩しいくらいだ。
 と、クローバーの群生が目についた。ここで摘んだ四つ葉のク
ローバーが、アンジェリークへの最初のプレゼントになったことを
思い出して、自然と深い笑みが浮かべた。
 潮の香に誘われて、アリオスは崖へと近づく。
 海から吹き上がる風に、髪がなびき、視界の中に銀髪が躍った。
 板のように滑らかな海面が、リズムをつけてうねり、岩にぶつかり
真っ白な泡へと姿を変える。
「綺麗だ…」
 今度は言葉に出した。
 ――アンジェが見たら、さぞかし喜ぶだろうな…。
 
 今日の日付――。
 
 これはあの新宇宙・聖地における日付だ。
 今居る、このアルカディアでは、また違う時を刻んでいる。
 ――ましてや…。
 あの故郷の宇宙で、今この時が『11月22日』であろう筈がない。
 それでも――――。
 目を閉じると浮かぶ人々。
 ――エリス…。
 ようやく、彼女の笑った顔を思い出せるようになった。
 ――お前達…。
 死してなお、こんな自分についてきてくれた、かつての部下達。
 そうして…。
 ――………………。
 流石にまだ、心の内でさえ呼び掛けることは出来ないが、それで
も二人の――自分に『命』を授けた人達の――面輪を思い浮べた。
 
 暫しの黙祷。
 
 やがて、二色(ふたいろ)の瞳を開けたアリオスは、力一杯、手に
した花束を海へと投げた。
 それは、今朝、アンジェリークが庭から摘んだ花々。
 海からの風に、一瞬、ふわりと持ち上がり、そうして思い思いの
方向へと散って消えた。
 生まれて欲しい、とアリオスは祈る。
 
 ――あれは、全て俺が抱えて生きる。だから…。
 
 新しい命を生まれて欲しい。
 それを、自分の誕生日だというこの日に祈りたい。

 
 風に吹かれて立つ人影に、アルカディアの陽光が、柔らかに降り
注いでいた――――。
 






とりあえず、今日はここまで。
上手くいけば明日には完結出来る…筈(汗)



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背景素材:自然いっぱいの素材集 様