「あっ、アリオス〜〜!」
翌日、宮殿でレイチェルが廊下の向こうから、ブンブンッと手を
振って呼び止めた。
「アリオスの誕生日、やっぱり、アンジェリークはお休みの方がい
いんでしょう?」
レイチェルの手にはスケジュール帳。
出し抜けにアンジェリークを攫われるのなら、いっそ予定に組み
込んでおこうという、物分かりのよいというか、開き直っている補
佐官レイチェル。
もちろん頂けるものは遠慮せずもらうが、一応アリオスにも常識
(と書いて魂胆と読む)があるので。
「…22日を休みにすれば、丸3日休みにしちまうんだよな?」
「うん、22日は金の曜日だからね」
「…………」
アリオスはそこで少し考え、
「それじゃ、別にわざわざ休みにしなくていいぜ」
「え!? そ、そうなの!?」
意外な返事にレイチェルが驚く。密かにコレをアリオスへの誕生
日プレゼントにしようと目論んでいたりしてたので。
「ああ。ま、どうせアンジェは、何やらやりたがるだろうから、夕
方、早目に開けてやったらいいかもな」
「それでいいの?」
「ああ、充分だ」
「………アリオス、もしやどっか体の具合が悪い?」
「………レイチェル、お前、俺のこと誤解してないか?」
アリオスが憮然とした一瞥をくれたが、ふと気が付いて
「おい、最近、書類整理なんかしてるのか?」
「ん? あれ、アンジェに聞いたの? そう。何かと書類が増え
ちゃったから、一度きちんとしておこうってことになってね」
「あんなにでっかいコンピューターがあるのに、紙に綴じたりして
るのか?」
「うん。紙ベースで記録を残しておくのも、便利だからね。それが
どうかしたの?」
「いや…別に……」
そう言って立ち去ったアリオスの背に、悪戯な笑みを浮かべたレ
イチェル。
「嘘は言ってないもんね〜」
と、小さく舌を出した。
そうして21日の朝。
宮殿へアンジェリークを送ろうと家を出たところで、
「…アンジェ」
と、アリオスが呼び止めた。
「なあに、アリオス?」
立ち止まって小首を傾げるアンジェリークは愛らしくて。どうし
てもアリオスの目は和んでしまう。
「…明日だが、俺、昼にちょっと出てくるな。ちゃんと夕方には
戻ってくるから」
「え…? あ、何か、お仕事頼まれたの?」
アリオスは聖地において『正規の仕事』は持っていないが、ここ
で発生する『護衛』は全て引き受けていた。(それこそ、アンジェ
リークの護衛から、惑星の調査隊の護衛までも)更に、聖地にいて
もなにかとモノを頼まれているのを、アンジェリークは知ってい
た。
「いや、そうじゃねぇ」
アリオスは僅かに首を振ると、少しの沈黙の後、
「小宇宙になったアルカディアに、行ってこようと思ってな」
「? どうして」
「実はな、――――――――」
アリオスは体を屈めると、アンジェリークの耳に小さく『何か』
を呟いた。
「えっ?」
大きく見上げてくる青緑の瞳に、アリオスが穏やかな笑みを返す。
「俺の気休めだけどな」
「ううん…そんなこと、ない」
ふるふると首を振るアンジェリーク。
「お前も行きたいだろうけど、今回だけは俺一人で行きたいんだ」
「うん…分かった」
素直に頷くアンジェリークに、
「サンキュ、アンジェ」
アリオスは素早く感謝のキスを落した。
「もうっ…アリオスったら、こんなところで」
「クッ…、まだ庭の内だぜ?」
可笑しそうに咽を鳴らせて、更に仕掛けようとするアリオスの胸
板に手を置き制して、
「ね、アリオス。それなら、この庭のお花、持って行って?」
「……いいのか? お前が丹精している花だろ」
「うん。その方が私は嬉しい」
そう言って、ふんわり笑うアンジェリーク。
「……………」
抑えきれなくて、アリオスは華奢な身体を、その腕に包み込む。
栗色の髪を唇でかき分け、小さな耳朶に囁いた。
「…サンキュ、アンジェ。本当に……感謝してる」
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