11月22日。
聖地の外れにある見晴らしの良い草原。
どこかアルカディアの『約束の地』を彷彿させる場所。
その日当たりの良い木陰に、一人寝そべっているアリオスの姿を
見付けたアルフォンシアは、頭が「?????」で一杯になった。
どうして彼がここで一人で寝てるのか?
今頃はアンジェリークと『朝寝』を貪っていると思ったのに。
もしくは朝からまた頑張っているか。
――そのどちらでもないのってなんかヘンだよ…。
ヘンというより異常だ。
なにやら危険なものを感じて姿を現し、
「アリオス、何してんの?」
と、声をかけた。
「昼寝だ」
アリオスは、伏せた睫毛を持ち上げ色違いの瞳を僅かに見せる
と、短く答えて、また目を閉じる。
「????」
どうやらご機嫌斜めらしい。だがその理由が分からない。
アルフォンシアは首を傾げつつポンとアリオスの隣に座ると、
長々と寝そべる人を見つめた。
「どしたの?」
「なにがだ?」
「どうしてアリオスがここにひとりでいるの?
アンジェリークは?」
「お邪魔そうだったから出てきた」
「? なにそれ」
なんとなく、いや〜な感じがする。
ちょっと寒気もしてるかもしれない。
「イロイロご準備があるようで。俺の相手はできねぇみたいだから、
出てきた」
「う………」
つまり、ちょっかい出したいのに、当のアンジェリークは今夜の
為の準備に忙しく、相手にしてもらえず拗ねてる…らしい。
――まずい、これはまずいよう。
「ま、まあまあ。あれこれしちゃうのもアンジェリークの『気持ち』
だし、なによりアリオスに喜んで欲しいんだよ」
アルフォンシアの必死のフォローにも
「俺に喜んで欲しいって んなら、素っ裸で俺の前に立ちゃいいんだ」
アリオスは、不貞腐れて腕を枕にごろっと背を向け、ぼそっと
本音を呟く。
「だいたい朝っぱらから忙しいからダメ〜とか言いやがるし…」
「う………」
――うわっ! 超ご機嫌斜めだぁよう。やばいよう。緊急事態
発生だよう〜〜。えーん、レイチェルぅ。
なんだか冷や汗が出てきた。
眩暈もしているかもしれない。
アルフォンシアはちらりとアリオスを伺う。
11月も末の少し冷たい風が吹いて、アリオスの銀の髪がそよぐ。
「あのさ」
暫らくアリオスの沈黙に付き合っていたアルフォンシアが、
ぽつりと口を開いた。
「アンジェリークにとってはそれが準備じゃないのかなぁ」
「?」
アリオスは首だけ回してアルフォンシアに視線を向ける。
ちんまりと座ったアルフォンシアがこっちを覗き込んでいる。
「準備?」
「うん。あのね、アンジェリークは今日の日を本当に楽しみにして
いたんだよね。楽しんでいたって言うのかな?」
アルフォンシアの妙にしんみりした物言いに、ようやくアリオスは
体を起こした。
「それは知ってるがな」
「メニューのリクエストは?」
「今年のプレゼントはなにがいい?」
「ちょっと模様替えしていいかな?」
と、いつもながら当人よりも浮き浮きと忙しくしていた。
そんなアンジェに苦笑しながらも、その日を楽しみにする自分が
いるのを感じていた。
「アリオスはアンジェリークさえいればいいんだろうけど、アン
ジェリークはアリオスの為に何かする自分を感じたいんだよ。
そうやってあれこれしながら、今夜の気持ちを準備してるんじゃ
ないかなぁ。
まぁ、当のアリオスを放っておいちゃうのもなんだけどね」
「………」
アルフォンシアに言われるまでもなく、そんなこと分かって
いた、けど。
「ったく、お前に同情されちゃ俺もおしまいだな」
「同情なんかじゃないよ。でも僕としちゃアンジェリークとあなたが
仲良くしていると嬉しいだけ」
「そうなのか?」
「うん、そう」
――アリオス、ホントに分かってないんだなぁ。
愛し愛される喜びと幸せをアンジェリークが感じる意味。
それがこの宇宙に何をもたらすのか。
――鋭いくせに妙なところで抜けてるんだよなぁ…。
それはアリオスが『女王アンジェリーク』ではなく『アンジェ
リーク』を愛しているからなのだろうけど。
すぐそこに咲いている一輪の花を摘んで
「はい、これプレゼント」
と、アルフォンシアはアリオスに差し出した。
「あ? 俺は他の男からのプレゼントをアンジェリークに渡すほど
お人よしじゃねぇぞ」
「ちがうよ、これは僕からアリオスに、だよ」
「あ?」
手近な名もない草花を一本だけ。
そうして
「お誕生日、おめでとう」
と、にっこりするとアルフォンシアは「じゃあね」と言って姿を
消した。
「変な奴だなぁ」
と呟きつつ、なんとなく心が軽くなった自分を自覚する。
「ま、今夜に期待しておくか」
アリオスは立ち上がり、服に付いた草を払うと歩き始めた。
家に戻ると、丁度ドアが開いて、
「あれ? アリオスどこに行ってたの?」
キッチンに篭もっていたアンジェリークだ。
「ちょっと散歩してきた」
『今朝、拒否されて不貞腐れていた』とはさすがに言わない。
「外にいたの?」
「ああ」
「それじゃどうしようかな?」
「あ?」
「お昼ね、お天気もいいしお庭で食べないかなぁって」
ダイニングのテーブルに目をやると、庭で食べるにしては大きな
バスケット。
「クッ、そうか。せっかくだから外で食おう…っと、あ、これ」
思い出してアンジェリークに一輪の花を差し出す。
「え? あれ、お花…?」
「アルフォンシアに貰った」
「? そうなの?」
「そう。コップにでも挿しておけよ」
「うん…」
頷きつつ、ちらっとアンジェリークがアリオスを見上げて、口を
尖らせる。
「…なんだかアルフォンシア、ずるい」
「は?」
「だって………私より先にアリオスにプレゼント渡すんだもん…」
「…………クッ、ククッ」
咽で笑いながらアリオスはすいっと手を伸ばして、軽くキスを
する。
「メシ、食うんだろ? それともお前を食わせてくれるか?」
「…ご飯が先」
つんっと目線を逸らして、耳まで真っ赤になっているアンジェ
リークにもう一度笑んで、アリオスはバスケットを抱える。
「それじゃ、後でゆっくり頂くか」
「…ちょっとだけだからね」
やっぱり目線は合わさないけど。
すいっと腕を絡めるアンジェリーク。
――へぇ…。
「なら、さっさと食おうぜ」
「ちゃんと味わってよ?」
「当たり前だろ?」
(多少慣れたとは言え)陽がある間は躊躇するアンジェリーク
が、珍しくも『真っ昼間』を同意してくれたのだ。
――これはもう味わい尽くすしかねぇよな?
内心してやったりのアリオスの手の中で、花一輪が揺れた。
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