高い空と澄み切った蒼が眩しい、爽やかな初冬の朝。
「アンジェ、おはよーーっと………」
今日も元気一杯の朝の挨拶をしたレイチェルだが、振り返った
アンジェリークのすこーし、いや、随分ご機嫌斜めな表情に言葉を
飲んだ。
「おはよ、レイチェル…」
と、挨拶は返してはくれるのだけど…。
尖らせた唇。視線だけの瞳。
なによりいつもの笑顔がない。
「えーと……どうしたの?」
一応は問いかけるけど、アンジェリークが『こういう顔』をする
原因は一つしかない。
だから、
「アリオスとなんかあった?」
「…別に……」
口では言うものの、はっきりきっぱり「なにかありましたっ!」
と顔に書かれているもんだから、
「まぁ、まぁ、そう言わないで、言ってごらんよ」
後で(犬も喰わない)後悔するのは分かってはいても、やっぱり
アンジェリークの笑顔の為には、誘ってしまうレイチェルだった。
「その…もうすぐアリオスの誕生日でしょ?」
「あ、そうだね〜〜。もうそんな季節よね〜」
と、相槌を打ちながら。
アンジェの予定、空けておかないとね〜。ナンと言っても誕生日。
去年は余裕持ったつもりだったけど、足りなかったみたいだモンね〜。
アリオスに拗ねられて困ったもん。
どうせ仕事になんかならないんだからいっそ休暇にしちゃおうかな〜?
でも、そうするとアンジェが気にするのよね〜。
さりげなく予定を空けておくってのも結構大変なのよね。
ったく、あのオトコの為に、アンジェの予定調整するってのもしゃくに
触るけど、コッチ無視して無断で好き勝手されちゃうと困るし、
それなら最初ッから予定内に入れておいた方が安全策ってもんだわね〜。
などなどなど、思いを馳せるレイチェル。
「で? 誕生日に何あげるかって例のヤツで悩んでるの?」
「そ、そういえば、そうなんだけど…」
答えながらアンジェリークが俯く。
――まーーったく…。
毎度毎度イベントとなると、飽きずに懲りずにアンジェリークは
悩む。
何をあげようか?
どんなプレゼントがいい?
どうしたら喜んでくれるかな?
――別に悩む必要ないと思うんだけどね〜〜。
でも、まあ、そんなことを悩むアンジェリークが、微笑ましい。
なによりアンジェリークが幸せそうで、だからレイチェルも幸せ
気分を分けてもらってる。
「…他の日と違ってお誕生日だもん。私からアリオスに、アリオス
だけの為の特別なプレゼントをあげたいじゃない?」
「…まぁ、そう、ね………」
と、頷きはするものの。
内心『アリオス限定特別プレゼント』となればコレっきゃないよ
ね、とアンジェリークを見やりつつ、
「…ま、どうせならより心から喜んでくれるモノをあげたいもんね」
と、何気なく呟いたレイチェルだったが。
「そうでしょうっ! なのにっ! アリオスったら!!!」
「ど、ど、ど、どうしたの?」
突然テンション急上昇!! のアンジェリークに、レイチェルが
たじろぐ。
「アリオスに何か欲しいものある? って聞いても、
全然! まったく! さっぱり!
真面目に答えてくれないのっ!!!!」
語気荒く言い切った後、ぷく…と膨れるアンジェリーク。
「いっつも同じ答えが返ってくるの!」
「同じ答え?」
「……………………………………………………『私』」
「ふ〜ん」
あの男にしては珍しく素直な答えじゃん、とか思いつつ。
「…で? アンジェは『なに』を怒ってるの?」
「『で』…って、だって、ひどいじゃないっ!」
ポーンと、アンジェリークの声のトーンが更に飛び上がる。
心なしか目が据わってる。
「いっつも、いっつもなのよっ! 全然真面目に答えてくれないん
だからっ!」
「…………」
「私、特別な日の特別な私、リボンをつけた私、リボンだけをつけた
私って、全然本気で答えてくれないのって酷い!」
「……………………」
「いくらずっとずっと年上だからといって、いつもでもいつまでも
子供扱いするのって酷いわっ!!」
「…………………………………………」
ほんのすこーし、レイチェルはアリオスに同情をした。
あくまでほんの少しだけど。
と同時に。
アンジェリークのこういうところが可愛い、と思う。
アリオスもそうなんだろうな、とも。
きっとアンジェリークのこういう所は変わらないんだろう。
だから。
――これはワタシの役だわねぇ…。
レイチェルはゆっくりと瞳をあげると、まだ怒り顔のアンジェリーク
にちょっと微笑んだ。
「ねぇ、アンジェさぁ、アリオスとスルのって、嫌?」
「えっ!?」
「実はパスしたいのを我慢してるとか?」
「なっ、そっ、レ、レイチェル!?」
「もしくは、しなかった頃に戻りたいとか?」
「………………」
朝っぱらからするような会話じゃない、とも言えるのだけど。
レイチェルの綺麗な菫の瞳に見つめられると、心がすっと落ち
着いてきた。
この瞳の前に嘘は言えない。
「…そんなこと、ない」
「そうなの?」
首を傾げ目線を送るレイチェル。
「…アリオスとスルのは好きだし、もう、なかった頃には戻れないし、
戻りたくない…」
「ふふっ、よく言えました」
にっこり笑うレイチェルの笑顔に、ほっと息をつぐアンジェリー
クだった。
季節は冬の気配をまとい始め、澄んだ空がとても高い。
紅い木の葉が寒そうに揺れて、風に落ちた。
外の空気は切れそうだ。
だけど、日差しの集まる日溜まりは、ぽかぽかと暖かい。
レイチェルが、窓の外の景色に目を移す。
「なんていうかな〜、寒くなったこの季節に、いつもよりちょっと
凝ったアナタの手料理食べて、アナタからの心からのおめでとうを
聞いて、そうしていつもに増してアナタと楽しく過ごせたら…。
それがアリオスの本当に欲しいものじゃないのかな?
アリオスはそういう人のような気がするよ」
「………うん、そう…」
アンジェリークは呟き、心に問う。
そう、アリオスは『そういう人』だ。
「…私、形に拘り過ぎちゃったかな…」
「ま〜、こっちとしては何か形あるモノを言ってくれた方が分かり
やすいし、ラクなんだけどね〜〜〜」
クスクスとレイチェルが小さく笑う。
それに合わせて、レイチェルの黄金の髪が揺れてキラキラ輝く。
――…レイチェル……。なんだか綺麗になったな…。
まじまじ見つめるアンジェリークをどう受け止めたか、レイチェルは
もう一度微笑み返した。
「まぁ、アリオスだから特別に何かあげたいって強く想うのもアナタの
愛情なんだと思うし、22日はお休みにするから、頑張ってアリオスと
楽しく過ごしてよ」
「…いいの?」
「その方がワタシも嬉しいもん」
レイチェルにニッと笑ってウインクする。
本当に、この友にはかなわない。
「ありがとう、レイチェル」
深々お辞儀をするアンジェリークに、
「どういたしまして」
と、真面目にお辞儀を返すレイチェル。
そうして、二人顔を合わせてぷっと吹き出した。
「でね、レイチェル。もうちょっと相談に乗って欲しいんだけど…」
「ん? いいわよ、なにかな〜〜?」
小首を傾げるレイチェルに、アンジェリークは頬を染めつつ、
「あのね……手に入れたいものがあるんだけど……」
と、声を落とした。
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