「ほらほら、満足したなら中に入れ。風邪引くぞ」
そこまで、ただ二人を見守っていたアリオスが、声をかけた。
「あ、そうだね。あったかいココアでも飲もうよ」
「そうだね」
服の雪を払って、中に入る。
動いていたから寒いとは感じなかったが、部屋の暖かな空気に包
まれて、逆にぶるっと震えた。
「もう、聖地にこんなに雪が積もるなんて、前代未聞じゃない?」
苦笑いを向けたレイチェルに、
「あら、向こうでも雪積もったことあったじゃない」
きょとん、アンジェリークが不思議そうに覗き込む。
「え? 私は知らないよー。どっかと間違えてるんじゃないの?」
「あれ、あれれれ?」
小さく首を傾げるアンジェリークに、
「それは俺が振らせた雪だろ?」
背後からついてきていたアリオスが、ぼそっと言った。
「あ……そうか、そうだった」
アンジェリークが納得したように頷く。
「?」
レイチェルの瞳の問い掛けに、アリオスが小さく笑った。
「以前、俺があそこを侵略した時、雪を降らせちまったことがあっ
たんだ」
「そうなの?」
「降らせようと思った訳じゃなかったけどな。魔導の影響で、結果
的に雪が降った」
「ふーん、そうなんだ…」
それだと自分は知らないはずだ、と納得して。レイチェルはぱっ
と笑顔を向ける。
「あ、それじゃさ、アリオス。せっかくだから、屋根の雪だけは除
けておいてくれる?」
超優秀な女王補佐官レイチェルは、そう言ってパチンッとウイン
クした。
午前中の執務は順調だった。
アンジェリークは、時に窓の外の雪景色に目を向け、嬉しそうに
微笑んだりもしていたけれど――よほど雪が嬉しいらしい――執務
に没頭していた。
丁度、午前の執務が終わりかけるころ、ふらっとアリオスがやっ
てきた。
「あれ、アリオス。何処にいたの?」
彼の体から冷気が立ち昇り、アリオスがかなり長い間、外にいた
ことを物語っていたのだ。
「何処って、屋根の上」
「えっ!?」
「えっ、って、お前が言ったんだろうが、レイチェル」
「だって、力使って除けてって言ったつもりだったんだけど」
「あのなぁ、なんでも力に頼ってちゃ、後々後悔することになるぜ?」
アリオスはクッと咽の奥で笑って、レイチェルの覗き込む。
「本当は、屋根を修理したいって言い出したヤツにつきあってたんだ」
「あ、そうなの。ありがとう」
レイチェルがほっとしたところで
「アリオス、寒かったでしょう?」
アンジェリークが、暖炉の前にアリオスを引っ張っていった。
「ほお、暖炉か」
アリオスの目が和らぎ細められる。
「うん」
頷くアンジェリークも嬉しそうで。
と、
「あ、また降ってきた」
窓の外で、再び雪が降り始めていた。
二人並んで窓際に立ち、暫くその雪を眺めて。
「前と同じだね、こんな風に暖炉が燃えてて」
「ああ、そうだな」
頷き答えるアリオスの声も懐かしげで。
そこでレイチェルはそっと部屋を後にした。
「綺麗…」
アンジェリークは窓の外を見入って。
「ああ、そうだな…」
アリオスは、そのアンジェリークを見つめて。
「アリオス、何処見てるの?」
「お前」
声に可笑しそうな色を滲ませてアリオスが答えると、ふわりとア
ンジェリークに手を伸ばし、肩を引き寄せた。
寄り添って、窓の外、降りしきる雪を見る。
雪が降っている――――。
それは二人にとって、大切な二つの想い出。
「あの時…お前と一緒に雪を見たとき、俺は楽しかった」
ポツリと呟いたアリオスに、アンジェリークが見上げて、アリオ
スの続きの言葉を待った。
「ただ雪が降ってくるだけなのに、お前は本当に嬉しそうで。そん
なお前を見てるのが『楽しい』と思ったんだ」
「アリオス…」
「楽しい、と思った自分に驚いた」
肩をすくめて、アリオスが小さく笑う。
「だから、思い出したんだろうな…楽しい思い出だったから」
今、見つめてくれるアリオスの瞳。金と緑の。
あの時、アリオスの右目は緑色で。
その隠された色が真実の色になるまでに、沢山の事があったのだ
けど。
「あのね、アリオス…」
そっと身を寄せてアンジェリークが見上げる。
「ん?」
「私…あの時から、アリオスのことが、好きになっていたような気
がする…」
恥ずかしそうに頬を染めて。でも、その青緑の瞳は真っ直ぐに。
小さく告げられた言葉に、アリオスは目を細めて微笑むと、そっ
と愛しい栗色の髪に唇を寄せた――――。
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