朝。
「うーん」
と、レイチェルは大きく伸びをした。
ベットから降り、さて、今日の天気はどんなものかしら、と、
ザザーッとカーテンを開けて…。
「な、なにーこれ」
窓の向こうは――雪景色だった。
聖地の天候は女王が管理する。そうして、ここ新宇宙の女王は、
この地の天気をとある地域――アルカディアの住人が移住した地
域――と同じにしたのだった。
「あの方達と、せめてお天気だけでも共にしたいの」
それは、この宇宙を大いなる愛で包み大切に見守る女王の、ささ
やかな『願い』で。
補佐官レイチェルも「それはいいアイディアだね」と賛成したの
だけど。
「せ、せめてこんな大雪は何とかしなさいよー!」
『大雪』と言っても、たかだか10センチ程度であるのだが、滅
多に雪さえ降らないこの聖地。雪に備えがあるわけもなく。
滑らないようにとスニーカーで、しかし一歩ごとに足先がじんわ
りと冷たくなって。そろりそろりと前に進むから、すぐそこに見え
る宮殿が100キロも先に思える。きっとアルカディアの住人達
も、この苦労をしてるのね…と思いつつ。
「はあ、もう、まだなの〜〜」
レイチェルが悲鳴をあげたとき。突然すぅ〜と足元が落ちた。
「え、え、え?」
見回すと、道の中ほどの雪だけが通れる程度に消えていた。
「〜〜〜〜〜〜〜」
こんな真似出来るのは、宇宙広しといえど唯一人だ。
レイチェルは急いで宮殿へと走った。
「あ、レイチェル。おはよーーー」
スコップを片手に手を振る新宇宙の女王――アンジェリーク。
「よう、早いな」
やはりスコップを手に、飄々とした笑みを浮かべたアンジェリー
クの恋人(と書いて猛獣と読む:レイチェル注釈)のアリオス。
「アナタ達、何してるの?」
「え? 雪掻きだけど。皆さんが来られる前に、ここだけでも雪を
除けておこうと思って」
答えるアンジェリークの隣で、黙々とスコップを動かすアリオス
にレイチェルが小声で
「なんでアナタまでこんなことしてるの?」
「あ? こいつだけだと何時までかかるか分からねぇだろ? 風邪
ひかれるのも困るしな」
と澄まして答える。
「道の雪、除けたのアナタでしょ? なんでここもアナタの力で除
けないの?」
「アンジェが喜んでいるから、別にいいじゃねぇか」
――甘い! アリオス、甘すぎ!!
レイチェルは思いっ切り溜息をついて、
「私も手伝うわ」
と、手を伸ばした。
「ねえ、レイチェル。雪だるま作らない?」
「ええっ!?」
「ほら、ここで雪だるまに出迎えてもらったら、雰囲気あって、皆
さん喜ぶんじゃないかな?」
――喜ぶより驚くと思うけど。
と、これも心の中で呟くだけにしたのに。
「ああ、それはいいんじゃねぇか?」
なんですって、と振り返る。
アリオスは、額にかかった銀の髪をかきあげつつ浅く笑う。
「ほら、あっちの雪は綺麗なままだぜ」
と目で指さし
「こっちのやつを固めて中に入れたら、結構でかいのになるかもな」
などと平然と言うのであった。
「うふふ、アリオスもそう思う?」
それは嬉しそうに笑うアンジェリーク。
「ああ、いいアイディアだ。俺も手伝ってやるぜ?」
と取りのけた雪をスコップでかき集め、ポンポンと固まりにする
アリオス。――妙に手つきがいいのが癪にさわる。
「わー、結構あるね。ほら、レイチェル。一緒に転がそうよ」
呆れて立ち尽くすレイチェルに、アンジェリークがそれは嬉しそ
うに笑って手招きするから。
もう仕方なく、レイチェルは足を運んだ。
「アンジェ、もうちょっとこっちだよ」
「よいしょっと…こんな感じ?」
「オッケー! そっち支えててね」
「うん!」
より綺麗に、丸く、白い雪の上を選んで転がす。
最初は内心呆れて、仕方なく雪だるま作りに参加したレイチェル
だが、アンジェリークと一緒に雪だるまを転がしているうちに楽し
くなってきた。
大きい雪玉と小さい雪玉。二つを宮殿の玄関に持って来ると、
よいしょと二人で二つにくっつける。
顔を作ってバケツを載せて、アンジェリークの手袋とレイチェル
のマフラーを着せかけて完成した雪だるま。
アンジェリークの肩あたりまでのものだった。玄関にちょこんと
座る様子は、
「えへへ、可愛い〜〜」
アンジェリークが満足そうに笑う。
「うん、いいカンジだね」
レイチェルも笑った。
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