「あれ、レイチェル。どうしたの、こんなところで?」
アルフォンシアだ。
「え? あ、うん。ちょっとね」
レイチェルは曖昧な笑みを浮かべたが、途端にアルフォンシアは
目を輝かす。
「あ、分かった。アンジェリークとアリオスだね」
「こらこら邪魔しちゃ駄目。馬に蹴られるよ」
というか『イイところ』を邪魔されて、アリオスが拗ねる。
拗ねると、一週間はアンジェリークを独占させてやらないと、気
が済まない。猛獣(アリオス)に巧くエサ(アンジェリーク)をやるのも
レイチェルの仕事なので。
「だってぇ」
アルフォンシアが眉を寄せ、ぷぅっと頬を膨らませる。
「アンジェリークとアリオスがイチャイチャしてるのが、僕の
『楽しみ』で『元気の素』なんだもん」
「あのねぇ……」
レイチェルはこめかみを押さえて脱力する。
「わざわざ見に行かなくてもいいでしょ? ちゃんとラブラブして
るよ」
「うん…まあ、だったらいいけど…」
そう言って、アルフォンシアがレイチェルの隣に立って寄り添っ
てくる。肩の辺りで揺れる髪に、思わずレイチェルに笑みが浮んだ。
人型のアルフォンシアのブルーの髪。
それが、ルーティスを思い起こさせて、レイチェルはアルフォン
シアを見るたびに、懐かしい――遠く離れた家族を思うような、親
しみ深い思いが沸き起こるのだった。
と、アルフォンシアが、小首を傾げてレイチェルを覗き込んだ。
光の加減によって色を変える虹色の瞳がにっこりと微笑む。
「でも…僕、レイチェルのラブラブも元気の素なんだけどな〜」
「えっ!!!」
にっこり。
満面の笑み。
「ちょっ、ちょっと、ちょっと、アルフォンシア。アナタ、何言っ
てんのよ!!」
「あ、ひどい」
拗ねたように口をとがらせ、腕を組んでレイチェルを見上げる。
「僕はアンジェリークのイチャイチャも必要だけど、レイチェルの
ラブラブだって必要なんだ」
「あ、あのねぇ」
レイチェルは焦っていた。
ので。
「私はあそこのバカップルと違って、秘めた恋にロマンを感じてるの!」
言い逃れようとしたのだけど。
「ほ〜、そりゃ、初耳だな」
慌てて振り返ると、意地の悪〜〜い笑みを浮かべたアリオスと、
驚きすぎて瞳と口を開けたままのアンジェリーク。
「ちょ、ちょっと、どうしてここにいるのよっ」
「お前を呼びに来たんだろうが」
レイチェルの抗議もさらりとかわし、
「ま、いいこと聞かせてもらったけどな」
再びにっこり性質(たち)の悪い笑みを浮かべるアリオス。
アンジェリークはと言えば、驚きが通り過ぎると、徐々に悲しそ
うな、寂しそうな瞳に変る。
「そうだったんだ…」
うな垂れ萎れた声。
「ちょ、ちょっとアンジェ!?」
「ごめんね、レイチェル」
「何、謝ってんのよ!!」
「だって、私、何にも知らなくて………」
言った途端、アンジェリークの瞳がうるうると湿った。
――知らなかった、レイチェルに好きな人が居たなんて。
――言って貰えなかった。
――私…頼りないから…。
――でも…でも………。
ぐるぐると巡らすアンジェリークの思考を正確に読み取り、レイ
チェルは、もっともっと焦る。
「あのね、そうじゃなくって!!」
俯ききってしまったアンジェリークに、どう説明しようかと言葉
を探す。焦るほど上手く言葉が出てこなくて。
と。
「ま、アンジェとしちゃショックだろうなぁ」
アリオスがうんうんと頷きながら口調だけは神妙に、だけど、目
も口元も思いっ切り意地悪な笑みを浮かべて。
「親友の好きなヤツの名前どころか、恋してるってことさえ言って
貰えなかったんだから」
「アリオス、アナタね〜〜」
これ以上事態をこじらせる気か、とレイチェルが睨みつける。
結構恐いレイチェルの視線をあっさりかわし、アリオスがまたもや
にっこり笑って(この笑みがコワイ!)ポンッとアンジェリーク
の肩を叩く。
「よし、アンジェ。今夜から、レイチェルの家に限って外泊を許す
からな」
「え?」
意味がわからずぽけっと見上げたアンジェリークに、さっきの
極悪な目つきは何処へやら、それは優しげな笑みを返して
「お前としちゃ気になるだろ、やっぱり」
「う…うん」
「だからさ、レイチェルの家に泊まりこんで、きっちり聞いてみろ
よ。お前の納得のいくまで」
「!」
「!!!!!!」
ぱっと顔を輝かせたアンジェリークと、蒼白になったレイチェル。
自分が聖地に居るかぎり、ただの一夜も、それこそ宮殿にだって
外泊を許さないアリオスのこの申し出は、不気味の一言に尽きる。
「あ、でも…アリオスはどうするの?」
「ん? 俺は独りでなんとでもするさ」
「え…でも……」
「気にするなって。別に何処かへ行くわけじゃ無し。ちゃんと昼に
は会えるだろ? な、レイチェル?」
――!!!!!
つまり、『アンジェリークの夜』を貸し出す代わりに、昼間をその
埋め合わせに当てると宣言されたわけで。
「ということで、レイチェル。こいつのことよろしくな」
そりゃもう、これ以上は無いっ、というくらいのアリオスの
にこやかな笑みに、真実レイチェルの背筋が凍る。
「うふふ〜〜。パジャマデートだ。なんだか久しぶりだねっ!」
と能天気に笑うアンジェリーク。
嗚呼、なんだってこのコは、このオトコの、巨大な独占欲と厖大
な欲望と狡猾な策略に気が付かないのか!!
――……それがアンジェリークなのよね。
「あ、ねぇ、アリオス。あのお菓子持っていっていい?」
「ああ。菓子でも酒でも持っていけよ」
「えへへ。アリオス、ありがとう!」
延々と続く『聞いちゃいられない会話』を耳に、レイチェルはこ
の窮地に陥った元凶を考える。
「…………アルフォンシア!! ちょっと出てきなさいよっ!!」
「あ、アルフォンシアも呼ぶの?」
にこにこにこにこ。
本当に嬉しそうなアンジェリーク。
そう、アンジェリークは嬉しいのだ。それは、その気持ちはレイ
チェルとしても嬉しいのだけど。
――た、頼むからアリオスの前ではやめてよーーー。
超優秀補佐官レイチェルは、明日からの女王の予定のやり繰りに
必死に頭を巡らせるのだった――。
明日の天気。
晴れときどきくもり。
…ところによって大雪。
<Fin>
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