乾いた風が草のさざ波を作って駆け抜けていく。
白銀の環の惑星――。
「ねぇ、アリオス、これ…」
アンジェリークが差しだした『もの』を一目見て、
「俺はオカリナ屋か? 何本持たせりゃ気が済むんだ。…ったく」
と、アリオスが頓狂な声を搾り出した。
「え? だって、アリオス最近、吹いてくれないし、持っていないし、
だから無くしちゃったのかと思って…」
「…持ってるよ、全部」
渋面のまま、アリオスは服の内側から2コのオカリナを取り出し
見せた。
「あっ、あの、持っていたのねっ。えっと、それじゃ、これは私が
持ってるわ」
流石にアンジェリークが焦って。
「あっ、そうだ! アリオス。教えて、吹き方を」
『いいこと思いついた!』と顔が言っている。
「……クッ、そりゃいいけどな」
ほら、ここを持って、ここを押さえてと教えられ、吹いてみ
る――。
シュウゥゥゥ。
掠れた音しか出てこない。
もう一度、思いっ切り吹いても。
プオォォォン。
…空気の抜けたような音がしただけだ。
「あら、壊れているのかしら?」
と、逆さにして振ってみる。
「ん? ちょっと貸してみろ」
アリオスが吹くと、それは見事な澄んだ音が響いた。
「ちゃんと音出るぜ」
「おかしいわね」
もう一度アンジェリークが挑戦したが、
ピーーヒョロ。
間の抜けた音しか出てこなかった。
「…………」
アリオスはというと、顔を伏せてはいるが肩が震えて、ククッっ
と咽で笑っている。
「お前、下手くそだなぁ」
「だって、初めてだもん」
「…にしても酷すぎるぜ。お前がまともに吹けるようになる前に、
落して割る方に賭けるぜ」
と言うと、ひょいとアンジェリークの手のオカリナを取り上げ
る。
「これは俺がもらっておくぜ。まともな音も出さないうちに壊され
るなんて、こいつが可哀相だろ?」
「…アリオスの意地悪」
ぷぅっと膨れるアンジェリークに、
「まあまあ、ほら、何を聴きてぇんだ?」
とアリオスが覗き込む。途端に笑顔のアンジェリーク。
「吹いてくれるの? ありがとう。えっと、それじゃね〜〜」
頬に指を当てて、小さく首を傾げると、栗色の髪がさらさらとそ
の頬にうちかかる。
「うん。やっぱりあの曲が聴きたい!」
「お前…本当にあの曲が好きなんだな」
「うん。とても素敵な曲だと思うの。優しくって、温かで、ほんの
ちょっと切ない感じがして…」
「……そう、か」
手の中のオカリナを見つめながら、アリオスが小さく答えた。
「…アリオス?」
視線をオカリナに落したままのアリオスに、アンジェリークが
不思議そうに覗き込む。
が、目線を向けたアリオスは既にいつもの表情に戻って、
「…なんだ? 変な顔して」
「! もうっ、アリオスっ!!」
真っ赤になって怒っているアンジェリークを、クツクツ笑って見
ている。
「聴きてぇんだろ? そこに座れ」
「あ、うん!!」
すぐにご機嫌モードに変って、嬉しそうにちょこんと座るアン
ジェリーク。それを微かな笑みで見ていたアリオスは、手の中のオ
カリナに小さく爪で弾いた。
チンッ。
微かな、乾いた音。
そうしてアリオスは、オカリナを手に包み込んで唇にあてた。
いつもと同じ曲なのに。
何故だか胸に迫ってくる。
切なくて、やるせなくて、だけど熱い――。
どうして、こんなに胸が苦しいんだろう………。
最後の音が余韻を残して消えていく。
吹き終えたアリオスが、アンジェリークに目を戻す。
「…お前……」
「ごっ、ごめんなさいっ。な、なんだか……」
アンジェリークが慌ててスカートを探る。――アンジェリークの
青緑の瞳から、涙が溢れて頬を伝っていた。
「なんか、胸にキューッて迫って、すごく、感動した」
ハンカチで目を頬を拭いながら、アンジェリークが微笑む。
「…………そうか」
そう言って、アリオスは、またもやオカリナに視線を落す。銀の
髪がサラリと滑り、彼の表情を覆い隠した。
「…いい出来みたいだな」
「えっ?」
「こいつさ」
手の中のオカリナを示してアリオスが言う。
「いい出来具合なんだな。いい音出すみてぇだ」
「えっ…、そうかもしれないけど……、いい演奏だった、と思うわ。
いつもと同じ曲なのに、今日は、なんだか胸に響いた」
「………そうか」
伝えられない想いを、
言葉に出来ない想いを、
音に乗せて――。
「…サンキュ、アンジェリーク」
翡翠の瞳を細め、アリオスが小さく笑った――。
それはとても綺麗な笑顔だったと――後にアンジェリークは思い
出した。
|