有名な温泉地と、豊かな広葉樹林が広がる眠れる大地の惑星。
一行がこの惑星へと訪れた時、丁度、紅葉の季節となっていた。
紅葉の村落に着いたばかりなのに、アンジェリークが(相変わら
ず)村人に手紙を出しに北の保養地へ行って欲しい頼まれた。
「いいですよ。すぐに出してきますね」
にっこり笑うアンジェリークに
――村に着いたばかりだってのに、お人好しなやつだ。
と内心溜息をついて。
だけど、『アンジェリークらしい』と思ってしまった。
と。
「あの…アリオス。私と一緒に手紙を出しに行ってもらえないかし
ら?」
アンジェリークが小首を傾げて、『お願い』と見上げてくる。
――こいつ、俺に頼み癖ついてねぇか?
とは思ったが、この間のように男女の仲の取り持ちさせられる訳
ではないし、
「まあ、つきあってやるか」
と頷いた。
「ありがとう、アリオス!」
ぱあっと笑顔になるアンジェリークに、アリオスは苦笑して
「ほら、さっさと行くぞ」
と促したのだ。
ポスン、とポストの奥から音に、アンジェリークは安堵したよう
な溜息をつく。
「うん、大丈夫。間に合ったみたいね」
「…ああ、そうだな。ったく、お前と来たら……」
確かにこの手紙は、今日の午後の便に間に合わなければならない、
とは言われていたが。
だからと言って、村からここまで、ずっと小走りで来ることも
ないだろうに。
それにつきあう自分も自分だが。
「フッ。お前のおせっかいが俺にもうつっちまった」
なあに? と伺うアンジェリークに、なんでもねぇよ、と手を
振って
「帰りは急ぐ理由もないんだ。ゆっくり行かせてもらうぜ」
「うん。あ、そう言えばね、さっき、村への道で紅葉の名所が
あるって聞いたの。ちょっと遠回りだけど…」
またもや例の『お願い』顔。
思わず吹き出しかけて、笑いを堪える。
「了解。んな顔しなくても、行ってやるぜ」
「えへっ。アリオス、ありがとう!」
アンジェリークの溢れた笑顔に、アリオスは我知らず小さく笑んだ。
「…すごい……綺麗」
呆然としたアンジェリークの呟き。
「ああ…いい紅葉だな」
山が紅い。
真紅に染まった樹が、秋の陽に照らされ燃えているようだ。
小道もまた紅に染まったかのように、落ち葉に埋もれている。
歩くたびにカサッと足元から小さな小さな音が奏でる。
その音に、アリオスはふと思い出した。
「俺は、落ち葉の踏み心地が、けっこう好きなんだ…子供の頃、近
所に落ち葉の名所があって…一人で足元の音を楽しんだ記憶がある」
あれを『近所』と言っていいのかどうか。
宮殿の広大な敷地の一角にあった林だが、どういう訳か広葉樹林
が沢山植わって、秋になれば紅葉に染まり落ち葉の林となっていた。
人々があまり来ないのをいいことに、子供の頃の遊び場だった。
「…アリオス?」
振り返れば、アンジェリークの大きな青緑の瞳。
そこで我に返った。
「フッ、まっ、いいか。何も村までの道のりを、俺の想い出話でつ
ぶすことはねぇだろう」
「え…そんなことないわ」
ふるふると首を振るアンジェリーク。おかっぱの髪が頬で揺れる。
「…私は、アリオスの話聞くの好きよ」
「…………」
紅く色づいた葉が、はらりはらりと落ちて。
その一枚がアンジェリークの栗色の髪に落ちた。
「…この景色を見過ごしちまうの、もったいないだろ?」
手を伸ばし、その葉っぱを取ってやる。
その紅葉をアンジェリークに見せながら
「今日は黙って歩こう。周りを見ながらゆっくり歩くのも…悪くな
いだろ?」
「うん!」
アンジェリークが笑って頷いた。
そうして、本当にゆっくりと、村への道を紅葉を見ながら歩いた。
時々、アンジェリークが「本当に綺麗…」とか「なんの木かな
…?」と呟いて、それに相づちを打ったりして。
と。
「あっ、そうだ。あのね、アリオス」
ごそごそっとスカートのポケットを探ると、これ、と差しだした
もの。
「なんだ、オカリナじゃねぇか」
「うん。この間、リバータウンのお店で見つけたの」
「ふぅん……随分小振りなんだな」
それはアンジェリークの手の平に、ちょこんと乗るほどの大きさ
だった。
「うん。それが珍しくって、つい買っちゃったの。ほら…」
アンジェリークはアリオスの手を取りオカリナを乗せ、
「アリオスの手の中に入っちゃう」
と言って、彼の手ごとオカリナを包み込んで、ねっ、と目を上げ
てニコッと笑った。
「……………」
思わずまじまじと見つめ返したアリオスの視線に、今度は「なあに」
と首を傾げる。
「……で、これを吹かそうって魂胆だな?」
「えっ! そ、そ、そ、そういうワケではない…ことはないけど……」
周章てて大きな目をきょときょとさせて。
「…アリオス、ダメ? 怒った?」
と、それは心配そうに聞くものだから。
「…クッ、冗談だって」
アリオスは咽で笑うと、丁度、日だまりが心地よい木陰に移動する。
「ま、休憩代わりに吹いてやるよ。なにが聴きてぇんだ?」
「えへっ。アリオス、ありがとう!」
零れる笑顔。本当に嬉しそうに。そうしてちょこんと隣に座って、
「ん〜〜っと、ね」
と、指を頬に当てて考え込む。
「前に聴かせてくれた、あの曲がいいな」
「…お前、あれが気に入ったのか?」
「ええ。とっても!」
「…そうか」
アリオスは頷くと、その小さなオカリナに唇をあてた。
はらはらと、紅い葉が舞い落ちる。
目を閉じ聴き入るアンジェリークは、やがて、その一枚を手に、
曲に合わせて小さく回し始めた。
一曲吹き終わると
「それじゃ、行くぞ」
とアリオスは立ち上がった。
「えっ!? もう終わり?」
と、それは残念そうに眉をしかめる。
「…遅くなると、あいつらが心配するだろ?」
「う…うん、そうだよね」
一応の納得をして頷き、小首を傾げてお願い顔。
「ね、また聴かせて?」
「…村に戻ってからな」
「ありがとう、アリオス。嬉しい!」
溢れた笑顔。
それは、ここのどの紅葉より鮮やかで。
微かに、だけど心から。
アリオスは微笑んだ――。
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