――何やってんだ、あいつ。
アリオスは思わず足を止めた。
いや、アンジェリークが何をやっているのかは一目りょう然で
あった。
白き極光の惑星の細雪の街。
エルンストとメルが、捕らわれた守護聖の居場所を調べる為に、
ここに滞在していた。
この街は、名物のオーロラ目当ての旅行者が多い。
街の中央の広場には、その観光客相手に土産物などを売る露店が、
立ち並んでいた。
その露店が並ぶ街路を、アンジェリークは手に荷物を一杯持っ
て、よたよたと『漂って』いた。
一つ一つの店先に立っては、ひやかしでなく、真剣に商品を眺
め、感歎の声をあげ、感心の溜息をついている。その姿はどう見て
も十七歳の少女であった。
「おい、アンジェリーク」
アリオスがその背中から声をかけると、栗色のおかっぱ頭が振り
返える。
「あら、アリオスも街に出て来ていたんだ」
「ああ…。ところでお前、何をしているんだ?」
「えっ? 街に出てきたら珍しいものが一杯あって、見ていたの
よ。あっ、ねっ、あれ、すっごく大っきいキャンディ!」
そのキャンディよりも大きく目を見張る。
「あんな大きなキャンディ、どうやって作るのかしら? あら、
まあ、可愛い花束!」
駆け出そうとするネコの襟首を掴むように、アリオスはアンジェ
リークを押し留めた。訝しげな顔で見上げるアンジェリークに、
「その前に、その荷物を持ってやる。そんな大荷物で走ると転ぶぞ。
ここは崖じゃないが、怪我をする」
アリオスの申し出に、アンジェリークが照れ笑い。
「ありがとう、アリオス」
と微笑みながら、素直に荷物を渡してきた。
少女はあっけなく自分を信用していた。
炎上する宿の中から救い出す――命の恩人を演出しただけで、
あっさりと信じて、アリオス、アリオスと頼ってくる。
目論み通りに事が進んでいる――。
そうほくそ笑む心の奥で、小さな炎の揺らめきがある。
違和感――もしくは焦燥感。
このエリスに似た少女に、あまりに無邪気な笑顔を向けられると、
どこかもどかしげな苛立ちを覚える。
自らの不可思議な心の揺らめきを奇妙に思いつつ、取りあえず、
少女にとって気の置けない仲間を演じることにする。
しかし、
――なんだ、これ?
と、アリオスは手渡された荷物の山を見下ろし眉をひそめる。
小石の詰め合わせや小さなイルカの置物は、少女らしくて、
まあ、分かるが、宇宙雑誌に軍歌集まであるのは、どういう意味か?
「皆さんに喜んでいただけそうなものがあったから…」
アリオスの目線に答えて、アンジェリークが含羞んだ笑みを浮か
べる。
「…クッ、軍歌集なんてヴィクトールにぴったりだな」
「あっ、アリオスもそう思う? よかった!」
――……いや、誉めたんじゃないが。
アリオスの心の呟きに気が付くことなく、
「あら、これは何?」
と、アンジェリークは、露店に並べられた、素焼きの焼き物を持ち
上げた。
「なんだ、オカリナじゃねぇか」
「オカリナっていうの。何に使うの?」
「楽器だよ。こんなちゃちな楽器でも、けっこういい音が出るんだ
よな。本当、よくできてるぜ」
「ふーん。…アリオス、演奏できるの?」
「演奏ってほどのもんじゃねぇが、まあ、それなりに」
「そう。それじゃ…」
アンジェリークは、あっという間にそのオカリナを買い求めて、
そのままアリオスに差しだした。
「これ、アリオスもらって。それで私にオカリナを聴かせて」
もらって、と言われてもアリオスの腕は今、荷物で一杯だ。
「…だめ?」
アンジェリークの顔が曇る。
「……じゃなくって、今、手が離せねぇんだよ」
「あっ、ご、ごめんなさい」
慌ててアリオスの腕から荷物を取り上げ、はい、と改めてオカリナ
を差しだされ、成り行きで受け取ってしまう。アンジェリークの
期待に満ちた瞳に促され、仕方なく、数音吹く。
澄んだ音色が響いた。
「すごいわ! 素敵…。ね、もっと吹いて!」
「分かった。吹いてやるから、その前に…その大荷物を置きに行こ
うぜ」
「あ、そうね。ありがとう、アリオス!」
「…なにもそう喜ばなくたって…」
アリオスが苦笑してアンジェリークの顔を覗き込んだ。
宿に荷物を置いてから、請われるままにアリオスはオカリナを吹
いてやった。
アンジェリークはそれは嬉しそうに聴き入っていた。
エリスによく似た少女が、昔、エリスに教わった曲に聴き入る様は、
悪くなかった。
――まるで、凍えた時が溶けたようで。
溶けたのは、時だけではなかったことに、アリオスは未だ気が付
かなかった――――――。
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