お引っ越し

3



 クックック、とアリオスの背中がまだ揺れている。
 ゴトゴトゴト、とリアカーを引いて聖地の石畳を二人で歩く。
「……………もう、アリオスったら」
 としか言い様がない。
 コトの次第が明らかになってから、アリオスはずっと笑いっぱ
なしだ。
「クッ…まさか、お前の制服とはね」
「ちょっと懐かしかっただけなのよ」
「ま、いい目の保養になったぜ」
「もうっ…」
 もちろんアンジェリークは着替えている。汚れてもいいように、
シンプルなTシャツにジーパン、髪はポニーテール。
 ちらっとアリオスが視線を送り
「そういう格好も、俺は初めてかな」
「そう? 別に嫌いじゃないのよ、こういうの」
「ま、結構似合ってるぜ」
 そういうシンプルな格好をすると、アンジェリークが本当に若
いんだな、と思ってしまう。
「やっぱガキだな。…クッ、制服着るにはちょっとだけど」
「もうっ」
 これしか言えないアンジェリークだった。
 
 アリオスが選んだ場所は、湖の近くの林の中だった。宮殿まで
近い割に、上手い具合に林に囲まれ、宮殿が見えない。二階の窓
からは湖が一望できる。
 建物は小さい。キッチンとその横にダイニング。二階に寝室。
あとは物置程度の小部屋が二つ。窓が大きいのと二階に浴室があ
るのがちょっとだけ贅沢。建ててくれたのはアルカディアの人た
ち。だから、あそこの建物によく似ている。
 玄関の鍵を開けるアリオスにアンジェリークが首を傾げながら
「アリオスはもう引っ越したの?」
 と尋ねる。
「あ? 引っ越す程の荷物もねぇよ。バック一つで事足りる」
 そこで、ニヤッと例の笑い。
「あと、お前だな」
 そこでキス一つ。
「もう…アリオスったら……」
 アリオスがクッと笑って、
「ほら、開いたぜ」
 とドアを大きく開けた。
 
 勝手に閉まらないように、ドアに石を挟み込む。
 女の荷物の割には少ない方なのだろうけど、リアカーに詰まれ
た箱はかなりの数。
「これ、勝手にどんどん運ぶぞ?」
「あ、うん。お願いします」
 アンジェリークも両手に箱を持つ。が、入った先で、初めて見
る『おうち』に心が惹かれて、そのまま箱を置いてトトッとダイ
ニングを覗き込む。
「おい、アンジェ。こんなとこに置いたら危ねぇじゃねえか」
 アリオスがひょいっと、置かれた箱を手に取り、持っていた箱
の上に置く。
「え? あっ! そ、それは駄目っ!!」
「あ? なんだ??」
 この際、アリオスには罪はない。罪はないが、慌てて箱を取り
上げようとしたアンジェリークがバランスを崩し、それを抱き止
めようとしたアリオスの腕の上の、一番上の箱がずり落ちた。
「きゃーーー! アリオスのエッチ!!」
 新しいおうちの廊下に、花のように色とりどりの下着が舞っ
た――。
 
 ――つまりは、そういうことなんだ…。
 まだ頬を赤く染めながら、アンジェリークは一人胸の内で呟く。

 一緒に住むということは、つまりはこういうことなんだ、と。
 アリオスは大爆笑して、『それの収拾は俺は手伝わねぇぞ』な
どと言って、箱の運搬に専念したのだけど、それが、口は悪いけ
どいつものアリオスの優しさだと、分かったのだけど…。
 服をしまいながらアンジェリークは一つ息をつく。
 例えば、今までだって下着の洗濯は自分でやっていた。その日
のうちに洗って乾燥機にかけて、しまっていた。自分の私室で。
つまりこれからは、ここがアンジェリークの私室、ううん、自宅
なのだ。
 ふうっと一つ溜息。
 綺麗なところだけを見せてた訳じゃない。
 だけど、下着を洗濯してそれをしまう、その同じ空間をアリオ
スと共有すること、それが『一緒に住む』ってことなのだと、よ
うやくアンジェリークは実感してきた。
 
 トントントン、と階段を登ってくる音。
「そっち、終わったか?」
 アリオスの手にはカーテン。青緑の。
「あ…うん」
 アリオスと一緒に寝室の方へ。もう夕暮れ。
 カーテンをつけるアリオスを手伝って、カーテンフックを一つ
づつ手渡す。
 長い指が青緑のカーテンにフックを差し込み、見上げて腕を伸
ばしてレールにつける。その動きに合わせて、銀の髪がさらさら
揺れる。
 ――綺麗だな…。
 顔も綺麗な人だけど、アンジェリークはむしろアリオスの、細
いけど均整のとれた体付きや、綺麗な線を描く首筋やそれにうち
かかるさらっとした髪に目がいってしまう。
「…カーテン、この色にしたのね」
「うん? まあな…」
 そうしてこの声。顔より先に、この声に出会った。
「…あの…さっきはごめんね」
「ん?」
 アリオスが振り返り、アンジェリークの顔を覗き込む。
「そんなこと気にしてたのか?」
「…うん…その……」
「…クッ、別に気にすることねぇだろ。俺はいい目の保養をした
ぞ」
 こうやって、アンジェリークの失敗やへまを、笑いながら流し
てくれる。それは、アリオスが大人だからなのか、優しい人だか
らなのか。
 アリオスに一歩でも近づきたいから…。
「アリオス…」
「なんだ?」
 振り向いたアリオスに
「…今後ともよろしくお願いします」
 と頭を下げる。
「…………」
 驚いたように見開かれた金と緑の瞳。
「…こちらこそな、アンジェ」
 すっと、額と頬と、唇にキスが落ちてきた。
 

 

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