日が暮れて、レイチェルが夕食を差し入れに来てくれた。宮殿
の厨房で用意してくれたものらしい。一緒に食ってくか? とア
リオスは誘ったが、レイチェルの方が手を振って遠慮した。
ご飯を食べて、後片づけして、お風呂に入って――。
アンジェリークがまだ少し湿った髪を気にしながら、寝室へと
入ると、アリオスは小さな照明一つの中で、床に座ってお酒を飲
んでいた。
アンジェリークが入ってきたのを見て取り
「ほら」
と、グラスを差し出す。受け取って、どちらからともなく、チ
ンッと小さくグラスを重ねる。
「疲れたろ?」
「ううん、そうでもない…と思う」
すっと出てきたアリオスの腕に、そのまま収まってもたれてし
まう。
パジャマもネグリジェも好きじゃないから、大抵アンジェリー
クはキャミソールか大きめのTシャツで眠る。それを朝まで着て
いたことは、近頃は殆どないけれど…。
アリオスは肩に廻した手で、少し湿り気のあるアンジェリーク
の髪を手で弄んでいる。
と、
「あれ…あの制服、着て見せてくれねぇか?」
「え、今?」
「ああ…あんまりよく見れなかったし」
な、っとアンジェリークを覗き込むアリオスの瞳。
「…うん。それじゃ、ちょっと待っててね」
アンジェリークは頷いて立ち上がって、服を置いている部屋へ
と行った。
制服はすぐ分かるところに置いていたから、大した時間もかか
らず、着込めた。
「えっと、いいかな…?」
なんとなく気恥ずかしく、ドアから顔だけだして、寝室を覗き
込む。
「ほら、ちゃんと見せてくれよ」
アリオスが微笑しながら、手招きする。小さく頷いて、一歩、
部屋に入った。
「ふう…ん」
まじまじ見つめるアリオスの視線が、やっぱり妙に恥ずかしく
て。
「このリボンをね」
と、胸のリボンを示す。
「ん?」
「このリボンを可愛く結ぶために、朝三十分も鏡の前に居たこと
もあったわ」
「…クッ……目に浮ぶぜ」
目を和らげ、咽の奥で笑いながら手招きする。
ちょっぴり戸惑ったけど、素直にアリオスの前に座る。腕が伸
びてきて、引き寄せられて、口づけられた。
「…後悔、してんのか?」
「ううん。それはない」
アンジェリークは、はっきりと言って頭を振る。
「ホントに、ちょっと懐かしかっただけ…」
「そうか…」
優しい輝きの金と緑の瞳が覗き込む。
「確かに可愛いけど…」
長い指が、胸のリボンの端を捕らえる。シュルッとそれを解い
てしまう。
「俺には、なんにも着てないお前が一番可愛いくて、綺麗だ」
「……うん…」
そうなのだ。もう、今は、アリオスの腕の中で、何も纏わない
自分が一番可愛く、一番綺麗。
上着を肩から滑らせながら、アリオスが小さく皮肉っぽい笑み
を浮かべる。
「言っていいんだぞ、アンジェ」
「なにを?」
「アリオスのエッチ! ってさ」
「んもう、アリオスの意地悪!」
クスッと互いに笑いあって、どちらともなく唇を重ね、次の瞬
間、ふわっとした浮遊感。
「ねぇ、アリオスはどうしてここをおうちに選んだの?」
ベットに横たえられて、アリオスが寄り添ってくるのを、少し
身体をずらしつつ言った。
いつまでも慣れない、この気恥ずかしい瞬間。どうしてもアン
ジェリークはお喋りをしてしまう。
「ん? それはな」
と、アリオスは大きな窓を目で示す。
「この先は湖だろ?」
「うん」
「だから…お前がどんな声だしても、誰も聞けねぇと思ったから」
「! ア、アリオ…」
アンジェリークの抗議の言葉は、アリオスの唇に吸い取られる。
窓から差し込む月明かり。二人で住む、初めての夜。
湖を渡った涼やかな風が、青緑のカーテンを微かに揺らせ
た――。
<Fin>
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