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そんなこんなの経緯の末、只今聖地は引っ越しブームである。
日の曜日ともなれば、あちらこちらで荷物を持って行き来する人
の姿がみられる。
それで、アンジェリークも今日、お引っ越しなのだ。
空いた時間で少しは荷物をまとめてはいたが、戸棚の奥までは
手が回らなかった。ようやく今日取り出して、そうして見つけた、
アンジェリークの制服。
これを着た最後の日――。
覚えている。
レイチェルから『金と緑の瞳をした、最初の命の魂』の誕生を
聞いた日。
あの日、アンジェリークは、この着慣れた制服を、衣装ケース
の奥底にしまった。
想いとともに――。
これを着た最初の日――。
覚えている。
高校進学の為に、家族と一緒に行ったブティック。
お祝いにと、あの後、みんなで食事をした。
お父さんとお母さんと妹達と――。
赤いリボンをそっと撫でる。懐かしい手触りがアンジェリーク
の手のひらに伝わった。
――まだ着れるかな…。
あまり服のサイズは変っていない。肩の辺りを摘んで広げ、身
体に合わせて鏡を見てみる。
――うん、着れそう…。
懐かしさに駆られ、もしくは出来心で、アンジェリークは制服
に袖を通した。
ぱちん、ぱちんとボタンを留めて、鏡を振り返る。
膨らんだ袖に青い線のある上着。身体にフィットした、ちょっ
と短めの赤いボックススカートと同じ色の赤いリボン。このリボ
ンを如何に可愛く結べるかに頭を悩ませていた。そんな季節がか
つてあった。
寂しいのとも、悲しいのとも違う、でも、なにかが胸の奥にツ
ンと込み上げる。
家が近いし、この制服が可愛いから。
そんな理由で選んだ学校。
だけど――卒業することは出来なかった。
それを後悔したことはなかったけれど…。
「おい、アンジェ。持ってくものがあるなら手伝うぜ」
コンッと一応ノックはしたが、応えも聞かずに開けたアリオス
が拙かった。
「……………」
振り返ったアンジェリーク。
「あれ…お前、その服……」
アリオスには初めてのその服に、金と緑の瞳が大きく見開かれ
る。
と。
「きゃーーーーーー!」
アンジェリークの悲鳴が、宮殿中に鳴り響いた。
「な、なんなんだ!?」
「だめー! 見ないで! アリオスのエッチ!!」
「はあ?」
ぐいぐいと、アリオスの背中を廊下に押しだし、バタンッとア
ンジェリークがドアを閉める。
そこに、今のアンジェリークの悲鳴で、有能補佐官レイチェル
が駆けつける。
「アリオス! なに、今のアンジェリークの悲鳴はっ」
「わかんねぇ」
「わかんねぇって、ちょっと」
「アンジェにエッチと言われちまった」
「はぁ??? なに、それ?」
「さあ?」
ただただ、首を傾げてアリオスが立ち尽くす。
はぁ、はぁ、はぁ。
壁にもたれて深呼吸三つ。ようやく気が落ち着いてくる。
――あー、びっくりした。アリオスったらいきなり入ってくるん
だもん…。
――と、待って。私、今、とんでもないこと口走ってなかった?
バタン。
「きゃーー! ご、ごめんなさい。アリオス!!」
一人大騒ぎしているアンジェリークに、呆然としたアリオスの
横で、レイチェルが
「あーー! なっつかしいっ。これ、アナタの制服じゃない」
と声を上げた。
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