――あら…これ…。
思わずアンジェリークはそれを手に取る。
戸棚の奥の奥。衣装ケースの一番底から出てきたそれ。
制服だった――。
******
新宇宙の聖地では、只今時ならぬ引っ越しブームとなっていた。
今までここに住む人々誰もが、宮殿に住んでいたのだが、希望
者に『自宅』が与えられたのだ。
発端は、この宇宙の女王――アンジェリークであった。
アルカディアでの二泊三日の『旅行』から戻ってきて、晴れて
アンジェリークとその恋人アリオスは、夜には一つの部屋で休む
ようになった。
それ自体にはなんの異論も出なかったが(アルフォンシアは小
躍りしたとかしないとか)ちょいと拙いことになりつつあった。
なぜなら、アンジェリークがアリオスの部屋に転がり込んでし
まったからだ。
アンジェリークの私室は、宮殿の最奥にある。
はじめのうちは朝わざわざ着替えに戻っていたアンジェリーク
だが、やがて『お泊まりセット』を持ち歩くようになった。プラ
イベートタイムにアンジェリークに用がある時、まずはアリオス
の部屋を探し、居ない場合、かなりの距離を歩いて元々の女王の
私室を探す。その間にアンジェリークが移動しようものならば
『女王はどちらに?』捜索隊が宮殿に繰り出される始末となって
きた。
かたや宮殿の最奥。かたや取り急ぎ案内した、つまりは宮殿の
入り口にも近い客間。セキュリティの方は、隣にアリオスが寝て
いる以上、問題ないと判断しても、
「これはちょっとまずいよーーー」
と、女王補佐官レイチェルが音を上げた。
「なんでアンジェの部屋にいかないの?」
レイチェルの問いに、チラッとアリオスは目線をくれると
「別にこいつの部屋に泊まったことがない訳じゃねぇけど」
「そーじゃなくってさー。アリオスがあっちに住めばいいんじゃ
ない」
広さも二人が住むには十分の筈だ。
「俺の好みの問題だな」
「好みって?」
「転がり込むより連れ込むほうが好みだ」
ゴン!
これはレイチェルが机に突っ伏した音。
「あのね〜〜〜〜」
流石、アンジェリークの為に転生までやってのける男は一味違
う。
『宇宙の女王の恋人』なんてのを拘り無くやってる男のコダワ
リが、律義というか男らしいというか、アリオスらしいとは思う
のだが。
「だからと言って、このままずーーーーっとこのまんまって訳に
はいかないでしょーがっ」
と、それまで黙って真っ赤になっていたアンジェリークが
「そう、なのよね」
と言い出した。
「ね、レイチェル。最近考えていたんだけど、みんながお家を持
つってどうかしら?」
「お家って、守護聖様達みたいな私邸?」
アンジェリークとレイチェルの故郷の宇宙の聖地では、守護聖
達やその他、そこで働く人々の多くは家を持っていた。守護聖の
それは、随分立派なものであった。
「ん〜〜、あんなに立派なお家は無理だろうけど…」
アリオスと同じ部屋に休むようになって、少しアンジェリーク
は考えるところが出来ていた。
例えば、ここに住む人は、皆この聖地に仕事を持ってる人々だ。
(唯一の例外がアリオスだけど)皆、宮殿に私室を持っているの
だけど、それは便利と言えば便利だけど、仕事とプライベートが
ごっちゃになっている感がある。
さらに、夫婦でここに仕事をしている人もいる。そういう人も、
少し広めではあるが、やっぱり宮殿に住んでいる。それは、お仕
事するには便利だけど、味気がないのではないのだろうか?
出来たばかりの新しい宇宙を見守る――。
それは素敵で楽しいお仕事ではあるけれど、だからこそ、素敵
で楽しくお仕事出来るようにした方がいい。
「いままでそこまで考えが回らなかったけど、でも、そろそろこ
こでお仕事している人たちのことも考えた方がいいんじゃない
かって思うのよ」
「ふん、お前にしては、よく考えたじゃねぇか」
アリオスが口の端に笑いを浮かべながら、口を挟む。
「なによー! アリオスったら」
「クッ…相変わらずでけぇ声」
真っ赤になって眉を釣り上げたアンジェリークを、笑いながら
手で制し
「ま、特にレイチェルが自宅を持つのはいいことだと思うぜ。お
前、働きすぎだぜ、レイチェル」
アリオスがレイチェルを振り返る。
「あ、そう。私もそう思うわ。レイチェルは頑張りすぎちゃうの
よね」
「…アナタに言われたくないわ、アンジェ」
小声でぼやきながら
「でも、まあ、確かにアンジェリークの言う通り、そろそろここ
で働く人たち自身のことも考えた方がいいわね」
レイチェルは頷いた。
と
「お、そうだ」
何を思いついたのか、アリオスがクルッとアンジェリークの方
に向き直る。
「おい、アンジェ。お前、俺と一緒に住んでくれるか?」
「え…」
ご丁寧に薄く頬を染めたアンジェリーク。
ぷっつん!
「アリオス! アンジェリークのイエスを聞いたら、さっさとア
ナタの家の場所を決めて頂戴!!」
新宇宙の聖地に、有能女王補佐官レイチェルの怒鳴り声が鳴り
響いた――。
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