Loving You ...

3



 最上階の角部屋を鍵で開けて
「ほらよ」
 と、アリオスが中へと促す。
「あ…えっと、お邪魔します」
 ぺこんと頭を下げて、アリオスが開け放った扉の内に入った。
 
 この年ごろの男の一人暮らしの部屋など想像もつかない代物だったが、玄関先は意外に綺麗で――というか、ガランと何にもなかった。
「その先で適当に座ってろ」
 廊下の中ほどで、アリオスは突き当たりのドアを指さす。
「あ、うん…」
 取りあえずは言う通りに奥の部屋へ。
 
「わあ…! すごーい!」
 そこには窓一杯の夜景が広がっていた。
 街の灯が煌めく宝石のよう。
 高いビルの窓灯や、一際目立つネオンサイン。
 車のランプが鮮やかに行き交う。
「すごーい…」
 ため息と共にもう一度呟いた。
 
「なんだ。そこに張り付いてたのか」
 僅かにからかうような声色でアリオスが入ってきた。
「寒くねぇか?」
「ううん、大丈夫」
 この部屋の空調は、程よく暖められている。
「ほらよ」
 手渡された綺麗なオレンジ色の飲み物。
「? お酒?」
「って程でもねぇけどな」
 アリオスの手には違う色のグラスがある。
「取りあえずは今夜に」
 と言って、チンッと微かに重ねると、さっさと自分はグラスを傾ける。
 そんな気軽な様子に誘われ、アンジェリークもグラスを口にした。
「あ、美味しい…」  
 爽やかな甘味が口に広がる。
 それ程でもない、とアリオスは言ったが、確かにお酒が入っているのか、ポッと身体が暖まる。
「そりゃ、よかった」
 相変わらず小さく笑んだままでアリオスが頷く。さらっと彼の綺麗な銀の髪が揺れた。
 
「凄い綺麗な夜景だね」
「気に入ったか?」
「うん!」
 元気よく頷くと、またもや額を窓ガラスにつけ、外を見入るアンジェリーク。
「わー、あの灯がエレミア中央ビルだね。あっ、アルカディアシネマのネオンサイン、こっからだとあんな風に見えるんだ」
 クス…。
 と、これはアリオスの心の内。
 アリオスにすれば見慣れた夜景ではあるけれど、こうやってはしゃぐ少女を見るのは楽しい。――楽しいと思えてしまう。
 今更逃がす気はさらさらないが、少女が満足するまで待ってやろうと、自分も一緒に窓の外を覗き込んだ。
 
 しばし煌めく夜景に心奪われたアンジェリークだが、ふと、窓に映る姿を――自分の後ろに立って小さく笑っているアリオスの姿を目にして、我に返った。
「あ…ご、ごめん。なんか、はしゃいじゃって…」
 振り返り見上げると、アリオスは、あの不思議な瞳を細めて微笑う。
「いや、俺も楽しんでる」
 そっと伸ばされた大きな手に背中を包まれて。
 もう片方の手で頬を撫でられる。
 長い指がゆっくりと、だけど確かに顎を捕らえて持ち上げた。
「アリオス…」
 何か言わなきゃ…と思ったけど、近づく彼の顔がひどく優しくて、だから、そのまま目を閉じた。
 
 
 ふわふわふわ。
 落ちてきた唇がとても優しい。
 なんども啄ばむように捕らわれ、小さく触れては離れて、また触れる。
 さっき車の中で盗まれたキスとは全然違う。
 不思議に甘くて暖かなキス。
 足下が雲を踏んでるようで、自分では支えきれない身体を、背中に回された腕が力強く受け止めてくれる。
 それが嬉しくて、手を伸ばしてすがりついた。
 ふわっとした浮遊感。
 抱き上げられたのは分かったけど、それも意識の片隅で。
 ただ彼の背中に手を回した。
 
 ソファに下ろしても、アンジェリークは軽く目を閉じ、素直に身を委ねていた。
「アンジェ…」
 唇に囁くと、
「え……」
 ぼんやりと目を開け見上げた瞳は、霞むように潤んでいた。
 ドクン――。
 込み上げる衝撃。
 欲しい、と。
 余すところ無く自分のものにしたいと――。
 そのまま、まずは紅い唇を奪い尽すために口付けた。

「! んっ…ふ…んんっ!!」
 それはアンジェリークにとっては衝撃だった。
 突然、口付けられ、強引に唇を割られ押し入ってきたモノ。
 柔らかくも力強く、凍えた舌を絡め捕られる。
 驚きに身じろいでも、頭の後ろを支える手が許してくれない。
「んーーーっ!」
 息苦しさに意識が飛びそうになる寸前、ふっと、解放された。
 
「は…ふ…ふぅ…」
 大きく胸を上下して、空気を取り入れるアンジェリークに、アリオスはある確信をする。
「お前…」
「え…、なあに?」
「…初めてか?」
 一拍遅れて真っ赤に染まる頬。
「う…うん」
「…もしかして、こういうキスもか?」
「こ、こういうんじゃなくっても、キスはさっきが初めてだった…」
 頷いて、そうしてはっと顔を上げる。
「あっ、あのっ、でも、私、頑張るから!」
「………………」
 その沈黙をどう誤解したのか、アンジェリークは必死でアリオスのシャツを掴む。
「あんまり…というか、全然知らないけど、でも、一生懸命頑張るから。アリオスに楽しんで貰えるように。だから、あの…………アリオス?」
 言い募る言葉は疑問符に変わる。
 アリオスが肩を震わせながら、アンジェリークの肩口に顔を埋めてしまったから。
「えーっと、あの…」
「クックック…。いや、悪ィ。なんでもねぇ…」
 なんでもなくは全然なくて、ひとしきりアリオスは肩を震わせていたが、
「あ〜、あやうく窒息するところだったぜ」
 長い前髪をかきあげると、アンジェリークの腕をとって起し、そのまま軽々抱き上げる。
「えっと…?」
 小首を傾げるアンジェリークを覗き込み、目を合わせる。
「心配すんな。俺は結構楽しいぞ」
「…ホントに?」
「ああ、ホント。だから、ゆっくりと楽しませてもらう」
 額にかかる髪を分けて口付け、抱きかかえ直すと、そのまま寝室へと足を運んだ。
 



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