二人のかたち

2



 数日後、オリヴィエは再びドレスの仮縫いの為にやって来た。
 だが、次元回廊をくぐって来たのは、オリヴィエだけではなく、
その後ろに、なんとゼフェルの姿があった。
「…おい、なんでお前が来るんだ?」
 出来れば、アンジェリークの艶姿を他の男には見せたくない
アリオスの眉が、しかめられる。
「街を見にきたんだよ」
 と、ゼフェルが赤い瞳を向けた。
 アルカディアの住人の移住に際して、ゼフェル達が箱庭の街を
作って、そこにアンジェリークの力を込めて、人の住める街にした。
「上手くいってーか、ちょっと気になったから来たんだ」
「なるほど、それは…」
 と、アリオスは頷く。
「それじゃ、俺が案内するな」
 これはアンジェリークとレイチェルに向って。
 街は主星にあるが、距離もある。第一、
「まさかこいつを一人で行かす訳にもいかねぇしな。俺が行った
 方が何かと都合がいいだろ?」
 もう何度もあの街は訪れている。案内出来る程度に馴染みが
あるし、街の世話役も以前からの顔見知りだ。
「お願い出来る? アリオス」
「ああ、構わねぇぜ」
 本音を言えば、『女王アンジェリーク』を見せつけられるのが
嫌だった…というのもあったかもしれないが、アリオスは気軽く
頷いた。


 
 アルカディア――あの大陸の人々が移住した地域はこう呼ばれ
ていた――の郊外に着くと、ゼフェルはぐるっと辺りを見回し、
「へー。なかなか、いい感じじゃねーか」
 と、目を輝かせて頷いた。
 澄んだ空気。青い空。近くに小川でもあるのか、高い水音が
響いている。
「なんかあのアルカディアみてーなところだな」
「ああ、あそこになるべく似た地形に街を作ったみたいだぜ」
 アリオスは頷くと、先に見える街を指さし
「街の方に行ってみるか?」
 と尋ねる。
「あ、ここの街を管理している技術者に会っておきてーんだけど」
「そうか。それじゃ、世話役の所に行ってみるか」
 そう言うと、二人で街へと歩き始めた。

 ランディの力を込めた、風車が並ぶ丘。
 あたりより少し小高い広い野原で、青々した下草が風になびく。
丘の頂に並ぶ風車が力強く回っている。
「へー。ベストポジションじゃねーか…」
 ゼフェルが感心したように呟いた。
「そうなのか?」
「ああ。ランディの力を込めてるとは言え、これだと自然の風でも
 相当な発電量になるぜ」
「この辺りの地形は、レイチェルがかなり細かく指示してたみたい
 だが…」
「ああ、なるほどーー」
 ゼフェルは赤い瞳を細くして頷き、一緒にやって来た技術者達
に振り向き
「で、風車の稼働状況や発電量に問題はねーのか?」
 と尋ねた。
「ああ、実は――」
 技術者達の瞳が一斉に光ったような気がした。
  
「エネルギー効率から言えば――だから――じゃねーのか?」
「変換係数は――むしろ――ですから――」
「需要エネルギーの増大率は――」
「それじゃ、摩擦係数を減らすか? 素材自体は――」

 風車の内部であちこち移動しては議論しあい、小型パソコンを
カタカタ言わせては、頷き合ったり首を傾げたり。かと思うと、
どこに隠し持ってたのやら、ドライバー一式を取出しネジを
締めたり緩めたり。
 アリオスは、せわしなく動き回るゼフェルを戸口の壁にもたれて
黙って見守っていたが、流石に細い梯子を伝って昇り始めると
「お、おい。ゼフェル。大丈夫か?」
 と声をかけた。
 まさかここでゼフェルに怪我させるわけにはいかない。
「あー、全然。それより、アリオス。もう少しかかるっから、
 そこらで暇つぶしてろよ」
 ゼフェルはこちらを見もせずに手だけを振った。
「…了解。その辺りで昼寝でもしてるさ」
 小さく苦笑いして、アリオスは外に出た。
 
 外に出た途端に、風に吹かれて髪がなびく。吹き渡る風が草原に
波を作って広がる。
 アリオスは、その少し乱れた髪をかき上げながら、草原を歩いた。
 アリオスにしても、ここは初めてだった。
 広い空と青々した草原。どこか、あの約束の地を思い出させ、
懐かしさを感じるような風景。
 ――こっそり、アンジェを連れてこれねぇかな…。
 そんなことを考えつつ、昼寝の場所を探して歩くと、林が見えた。
そのまま林に入ってみる。
 風よけの林なのだろう。サワサワと葉擦れの音があたりに響く。
 ――うん? これは…。
 辺りの木よりも、ひときわ立派な木が一本生えている。
 濃い茶色の幹に風に揺れる梢が、アンジェリークの髪を思い起こ
させる。艶やかな緑の葉と咲きこぼれる白い小さな花々?。
 ――あいつに似合うな…。
 すいっと枝を撫でると、花で飾られた緑の枝がこくんと
頷いた??。
 
 
「おーーい、アリオス。どこだーー?」
 ゼフェルの呼び声で目を覚ます。
 アルカディア時代に培った『風に吹かれながらの昼寝』の心地
よさに浸りきっていたらしい。
「ここだ」
 と、草の中から身体を起こし、風車の前のゼフェルに手を振る。
いつしか夕暮れどきとなっている。
「終わったのか?」
「まーな。ただ、夜の様子もみてーんだけど、いいか?」
「ああ。俺はかまわないぜ。とりあえず、街に戻るか?」
 アリオスはそう言って立ち上がった。
 

 宿と食事の為にゼフェルを案内したのは例の女将の宿。
「あら、銀のにいさんじゃない。お久しぶり」
 女将が笑って出迎えてくれた。
「ちょっと世話になるな」
 アリオスも笑って二、三の料理を注文してから、ゼフェルを
振り返る
「いけるだろ?」
 と、グラスと酒を目の高さに示す。
「流石、アリオス。はなせるな」
 と、ゼフェルはニヤッと笑った。
「はなせるもなにも、俺がお前の頃には、こういう酒場に入り
 浸っていたぜ」
 アリオスは苦笑しながら、グラスに酒を注いでやる。
「まぁ、お前にはもうちょっと上品なところの方がよかったか?」
 ここの女将の人柄だろうが、アリオスにはこの酒場は居心地よい。
だが、いわば労働者が一日の疲れを癒し、楽しむようなこの酒場は、
ゼフェルのような『守護聖』やっている奴にはざわつきすぎか、
と思ったのだ。
「いや…」
 ゼフェルは小さく首を振り、グラスを一口運ぶと、熱気を帯び
てきた人々に目を人々に向けた。
「俺も、あのままでいたら、今ごろはこういう所に出入りしてたん
 じゃねーのかな…」

 そこでアリオスは思い出す。
 あの旅の間に僅かに語られたゼフェルの過去の断片。
 そうして、先日のオリヴィエや今日のゼフェルの姿を思い浮か
べる。自分が知っていた彼らとは明らかに違う彼ら自身――。
「考えてみればお前たちって因果だよな」
「あー?」
「女王だ、守護聖だって無理やり聖地に連れていかれるんだからな…」
「んなこと、アリオスに言われるとはなぁ…」
 ゼフェルは小さく肩をすくめる。
「そーだな。…今は前ほど悪くも思ってねーよ」

「いきなり全てを捨てさせられて、それが悔しくて反抗も反発も
 したけど、今はこれが俺なんだろーな…って思ってるぜ」
 ここが新宇宙で、相手がアリオスであるせいか、ゼフェルは
いつもより素直に心情を吐露する。
「こんな力、必要ねーって何度も思ったけど、でも、俺の力が
 こんな風に役に立つなら、やっぱり嬉しいぜ」
「…そうか……」
 ゼフェルのグラスに新たに酒を注いでやりながら、アリオスは
小さく頷く。そうして一つ笑みを浮かべる。
「今日はお前を見直したぜ」
「あー?」
「あんなにマジでやるとは思わなかった。ここの奴等ももちろん
 だけど、アンジェ達も助かるぜ」
「よせやい。別にそんな気で来たんじゃねーぞ」
 ゼフェルが赤くなって視線をそらせる。
「たださー、そうでなくても出来たばっかの宇宙抱えて大変だろ?
 その上あそこの住人をしょいこんだんだ。女王だからってアンジェ
 リークに全部押し付けて『なんとかしろ』ってのは、俺の性に
 あわねーだけだ」
 ゼフェルはグラスをぐいっと傾ける。
「そーいや、俺も今日は驚いたぜ」
「あ? なんだ?」
「おめー、俺が声かけるまで寝てただろ?」
 ゼフェルに指摘されて、アリオスも気がつく。
「んなこと、ぜってーに無かったもんな」
「声かけられるまで寝てたら殺される生活してたからなぁ…」
 何気なく呟かれたアリオスの言葉に、ゼフェルは目だけを向け
たが何も言わず、運ばれてきたポテトを口に入れる。
「おっ、うめーじゃん」
「あ? ああ。農作物とかの方も上手くいってるってさ」
「そうか。マルセル、喜ぶぜ」
 ゼフェルがそれは嬉しそうに言うと、再びポテトをほお張り始
める。
「なんか、こっちは力が抜けていいなー」
 もう一杯、今度は自分で酒をグラスに注ぎながら、ゼフェルは
小さく息をつぐ。
「クッ…。息抜き代わりに来るのは構わねぇが、入り浸り過ぎる
 なよ」
「そういうおめーはどうなんだよ」
「俺はもうちょっと違う楽しみ方をしてるぜ?」
 ニヤッと笑ったアリオスに、
「けっ。アリオス、おやじしてるぜ」
 ゼフェルは眉をひそめたが、すっと真顔になると
「でも、まあ、よかったよ…」
 と、小さく言った。
 
  
 翌朝、ゼフェルはもう一度風車を見てみたい、と言い出した。
 全く、勤勉なことだと内心苦笑しつつ、アリオスも風車の丘へ
とつきあう。
 ゼフェルは風車の羽根が回るのを時計で測ってうんと頷くと
「わりーな。もういいぜ」
 と笑った。
「それじゃ、行くか…っと……」
 視界の端に、風よけの林が目に入り、ふと思いついた。
「ちょっと待っててくれよ」
 風よけの林に入り、昨日の木の元に行く。朝露に濡れた白い花
の枝を一枝折り取った。
 急いでゼフェルの元に戻ると
「待たせたな。それじゃ行くか」
 と言って、ゼフェルの手を取り、聖地へと転移した。
 


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