ゼフェルと共に聖地に戻ると、新たにルヴァとエルンストが
訪れていた。
「おいおい、増えてるぞ……」
少々あきれ顔でアリオスが言うと
「あなたに用があったのですよー、アリオス」
と、ルヴァが相変わらずの笑顔で答えた。
「俺に?」
「ええ、小宇宙に変化したアルカディアのことです」
エルンストが眼鏡を指で上げながら言った。
「先日あなたから頂いたご報告を元に色々検討してみたのですが、
やはり現地に行って調査した方がよいと結論づけました」
「そりゃ、そうだろうな」
実はアリオスは、アンジェリークの頼みもあって、アルカディアが
小宇宙に変化した様子を、一度向こうの宇宙の聖地へ訪れ説明しに
行っていた。
「それで、是非あなたに一緒に行って欲しいと思って、頼みに
来たのですよー、アリオス」
「ああ、そうか。なるほど…」
十日程とはいえ、あそこに留まりあちこち見回った。なにかと
案内も出来るだろう。更に、あそこは本来は消滅するはずだった
空間である。何があるか分からない。いざというときに、自分が
居れば次元回廊など開かなくても転移できる。
「分かった。調査に行くときは俺も行こう」
「本当ですか!? 助かりますよー」
「ご協力感謝致します」
口々に言われて、
「そんな大したものじゃねぇって」
アリオスは苦笑しながら手を振った。
「それより、あんた達はそれを言うためにわざわざ来たのか?」
守護聖三人に王立研究院の主任。宇宙を代表する重要人物が、
こうも大勢留守して大丈夫なのかと、他人事ならが心配になる。
「伝言ですむだろうに」
「いえ、やっぱりこういうことは直にお願いするのが筋ですから」
きっぱりとそう言ったエルンストに
「ふーん……」
と頷いてから、ちらっとレイチェルに視線を走らせたが、取り
あえずはそれ以上は突っ込むのは止めておいた。
「ねぇ、アリオス。そのお花はどうしたの?」
それまで黙ってやり取りを見ていたアンジェリークが、アリオスの
手にある花を指さす。
「あ、ああ。これか」
そう言うとアリオスは、花をアンジェリークの頭の上にポンッ
と無造作に乗せた。
「おや。いいじゃない〜☆ ばっちりだよ」
オリヴィエが顔を綻ばせうんうんと頷く。
「よくこんな花を見つけてきたね」
「偶然、風車の丘で見かけた。白くて小さな花とか言っていたから、
丁度いいんじゃねぇかと思ってな」
まるでアンジェリークのような樹に咲いた花だった??とは
言わないでおく。
「アリオス、わざわざ摘んできてくれたの?」
髪に置かれた花枝を手に取り、見つめていたアンジェリークが
顔をあげる。
「まあな」
「あ…ありがとう、アリオス…」 自分以外の者の為に着飾るのは面白くない、と言っていた
アリオスなのに、それでもこうやって気にかけてくれる。
「…すごく、嬉しい」
僅かに潤んだ青緑の瞳と優しい笑顔――。
「…………」 そういえば『ただいまのキス』もまだだったと、アリオスは
思い出し、アンジェリークを引き寄せ、顔を寄せる。
――と
「ちょっと〜、アリオス! 白昼堂々と、それはないでしょー。
若い子もいるんだから目の毒だよ!!」
オリヴィエに背中をどやされる。
だが、
「えー、オリヴィエ様、そんなこと気にされてたんですか?
こっちじゃ日常茶飯事、風物詩程度のもんですよ?」
この場で最も年若いレイチェルがあはは、と手を振った。そう
して、指を一本唇にあてて声をひそめ、
「ま、流石に一日に十回以上目撃した人には、賞品でも出そうか、
って言ってるんですけどね」
と、悪戯な菫の瞳を輝かせた。
「でね、アリオス」 レイチェルのフォロー(?)に、真っ赤に頬を染めたまま、
アンジェリークがアリオスの袖をつんつん引っ張る。
「せっかくだし、皆様をうちにお招きして、お茶でも…と
思うんだけど」
「あ? ああ、それは構わねぇけど…」
アリオスはぐるっと周囲を見渡す。
「この人数じゃ、カップ足りねぇぞ」
「こっちから借りて持っていくわ」
「そうか。それじゃ来てもらうか?」
と、少し声を潜めて相談していると、突然
「ずるい!」
と、少年の声が響いた。
オリヴィエ、ゼフェル、ルヴァ、エルンストと、向こうから
来た人々は、いきなり現れた青い髪の少年の姿に驚き、目を見開く。
しかし、少年の方は意に介さず、
「ずるいよ、アリオス! 僕だってまだ一度もアリオスの家に
行ったことないのに!!」
と、頬を膨らませて言い募る。アリオスはぽりぽりと頭をかいて
「そうなのか? ま、それならお前も来いよ」
「やったーー、行く行く! ほら、早く行こうよ!!」
少年は嬉しそうに駆け出した。
「…えーー、レイチェル、あれは誰ですか?」
エルンストが小声でレイチェルに尋ねる。
「アルフォンシアですよ」
「…エルダの小さいやつ……だよな…」
これは、アルカディアではっきりとエルダに会ったゼフェルの
呟き。
「なるほどーー」
ルヴァもうんうんと頷く。
「でも、ちゃんと話せるんですねー」
アルカディアでは姿は見えても、アンジェリークのみの声しか
聞けず他の者との会話は出来なかった。
「ええ。ま、ここだからだと思いますけどね」
創世の女王、アンジェリークの新宇宙の聖地。この環境だから
こそ、エルダ??アルフォンシアは自らの意志で人の形を躰造れる。
「ところで…ふふっ…あいつってさー」
腕に背中にまとわりつく少年を、苦笑いしながらあしらうアリ
オスの姿に、オリヴィエがそれはおかしそうに忍び笑いを漏らす。
「やっぱりガキに懐かれてんなー」
ゼフェルも苦笑して肩をすくめた。
「へー、いいところじゃん☆」
オリヴィエが辺りを見回し感心する。宮殿から近いのに、林に
囲まれて宮殿が見えないその位置が絶妙だ。
「綺麗な湖ですねー。魚も沢山泳いでいますし、ゆっくり釣りを
したくなりますよー」
「でっけー湖だな。これ位でかい湖なら水上バイクにうってつけ
だぜ」
「聖地においてこれほどの湖があるとは、こちらの宇宙も中々
興味深いです」
それぞれがそれぞれに感心する湖の側に一軒の家。
「ふーん。あれがアンタ達の家?」
オリヴィエの問いに
「あ…えっと…あの家はアリオスの家なんです」
アンジェリークが薄く頬を染めつつ答えた。
「? 同じコトじゃないの??」
オリヴィエの疑問符に
「俺がこいつを連れ込んでるんだよ」
アリオスがぼそっと答えて、アンジェリークと共に先へと歩く。
「???」
更に増える疑問符に、レイチェルが微笑って答えた。 「一応、アンジェリークの部屋は宮殿にあるんですよ。女王の
部屋としてね」
「うん」
「で、あの家はアリオスの家で、あそこにアリオスがアンジェ
リークを連れ込んでいるって形になっているんです」
「うーーん…でもそれじゃまるでアリオスが隠し夫みたいじゃ
ないの?」
「全然隠れてないですけど」
レイチェルがクスクス笑う。そうして、先を並んで歩く二人の
姿を見つめて
「今はね、そういうコトにしておきたいみたいですよ」
「そうなんだ…」
なんとなく納得してオリヴィエが頷く。
「なんだかアリオスらしいですねー」
隣のルヴァがふわりと笑みを溢した。
「ま、適当に座ってろよ」
と言い置き、アリオスとアンジェリークはキッチンへと消える。
「ふーん…。こういうお部屋だったんだ」
アルフォンシアがきょろきょろと部屋を見回す。
「あらら、アルフォンシアってホントにここに来たことなかった
のね」
レイチェルが意外そうに首を傾げる。
「こっそり覗いているのかと思ってたわ」
「そんなコワイこと、出来ないよ〜〜〜」
アルフォンシアはぶんぶん、頭と手を振った。
キッチンからは、カチャカチャと何やら音がして
「アリオス、取れない〜」
「ああ、こっちは取ってやるからお前は湯を沸かせ」
などという声が聞こえる。やがて
「お待たせしてごめんなさい」 と、二人が戻ってくると、サンルームかと思うくらい明るい
ダイニングに、お茶の香りが漂い始めた。
「良い香りですね」
アンジェリークがいれたお茶は、香りも味も申し分ない。
「美味しいお茶ですねー」
緑茶党のルヴァも感心している。
「このクッキー、いけるな」
辛党のゼフェルが、アンジェリーク手作りのクッキーをもう
一個、口に放り込む。
「随分とお茶やお菓子が上手くなったんだね〜」
オリヴィエが感心して頷いた。女王試験の頃にも、アンジェ
リークのお茶やお菓子を味わったが、あの頃よりも格段に美味しい。
「ありがとうございます」
アンジェリークが嬉しそうに笑みを溢し、
「アリオスに美味しいって言ってもらいたくって…」
と、薄く頬を染める。
「あ、なんだ? 俺はお前の料理に文句言ったことねぇぞ」
「あら、何にも言わないのと美味しいって言うのは違うじゃない」
「それはそうだが…何食わせても、美味い美味いと食い尽くされる
のも味気ねぇぜ」
「! ア、アリオス!!」
真っ赤な顔で怒るアンジェリークに、アリオスは首をすくめる
振りをして笑った。
変ったところ。変らないところ。
今、二人が笑っているのなら
それが紡ぎ出す、二人のかたち――。
<Fin>
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