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「ええっ!?」
流石に驚き、僅かに後ずさったアンジェリークに、男は、はっと
目を見開き
「ああ、驚かせて申し訳ありません」
と頭を下げる。そうして、僅かに含羞んだ笑みを浮かべて
「もしもご存じなら、貴女の指輪のサイズを教えて下さいませんか?」
と言った。
その微かに照れた表情で、アンジェリークは分かってしまった。
「…もしかして、恋人にお贈りする指輪?」
すると男はもっと照れた顔をしながらも、綺麗な緑の瞳を輝かせて
「実は、そうなんです」
と言って笑った。
「この週末に会う約束をしているのです。それで、その時に指輪を
贈ろうと思って、そこの??」
と、男は噴水の向こうに何時も店を出す、アクセサリー等を並べる
台車を指さす。
「あそこに造って貰おうと頼みに行ったのですが、サイズが
分からなければダメだって、言われてしまったのです」
「そうなんですか」
「なんでもあそこで扱っている飾り職人さんが、その辺りに拘りが
あるらしくて、『女性に指輪を贈るなら、絶対にサイズを確かめて
来い』って言われるらしいのです」
「なんだか面白い職人さんですね」
アンジェリークの相づちに、そうですね、と頷きながら、 「でもそれはそれで正論だと思います。
折角贈った指輪が入らなかったり大き過ぎたら、贈られた方も、
ちょっと残念に思うような気がします」
「う〜ん…私は贈ってくれるだけで嬉しいですけど、ね」
もしもアリオスから指輪を贈られたら………その想像だけでアン
ジェリークの鼓動が跳ね上がる。
「でも、私は不勉強で、指輪にサイズがあることを知らなかったの
です」
男の『不勉強』という物言いに、アンジェリークは思わず微笑ん
でしまう。 「彼女に確かめようにも次の日の曜日まで会えません。
それに、やはり渡すまで秘密にしておきたいものですし。
どうしようかと思っていたら、そこで貴女が柵に手をおいていらっ
しゃるのが、目に入ったのです」
「あ…」
アンジェリークは思わず自分の手を見る。
確かに、あまりに綺麗な花壇に見とれて、柵に手を置いていた
ような気がする。
「私が見るかぎり、貴女の指が彼女と同じくらいに思えたので、
それで、つい声をかけてしまったのですが…」
そう言って男はクルリとアンジェリークに向き直る。
「でも、突然に失礼なことを言ってしまいました。許して下さい」
と、再び丁寧に頭を下げた。
「あ…いえ、大丈夫です。そんなに気にしないで下さい」
慌ててアンジェリークは手を振る。
男は『唐突さ』はあるものの、とても丁寧な話し方をするし、
礼儀正しい。
それに――。
男の瞳はとても綺麗に澄んだ緑で。
それは、アリオスの左目とは少し違う色合いだけど、どうしたって
思い出してしまう。
もちろん、瞳の色が何色でもアリオスが好きなことには変りない
のだけど、それでもやはり『緑の瞳』は特別で。
「それじゃ、どうぞ」
アンジェリークは手を差し出した。
「え?」
男の方が驚いて目を見開く。
「やっぱり、実際に確かめた方がいいでしょう?」
そう言って笑うと、男は嬉しそうな顔になりつつも
「よろしいのですか?」
と確認を取る。
「ええ。どうぞ」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げると、
「それじゃ……失礼します」
と言って、男はアンジェリークの手をそっと持ち、薬指を指で
包んだ。 目を細め、男の記憶にある彼女の指と重ね合わせるかのような
表情で。その横顔をとても綺麗だ、とアンジェリークは思った。
「本当にありがとうございました。助かります」
「いえ、別に…。彼女と同じくらいでした?」
「ええ。丁度同じくらいですね」
「そうですか…それじゃ………」
アンジェリークは少し考えて
「私も一緒に行きますよ。指輪選びにお付きあいさせて下さい」
「えっ!?」
男は本当に驚いたように目を見開く。
「同じサイズでも、物によって微妙に違いますし、それに実際に指に
嵌めている所をご覧になった方が、いいものを選べることないで
すか?」
「それはもちろんそうですが……よろしいのですか? お時間とか…」
「ええ、大丈夫です」
幸い、この後は天使の広場を見て回る予定にしていた――ここが
一番人々の暮らしが分かるので。
男は、もう一度丁寧に頭を下げて
「ありがとうございます」
と言った。
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