Angel
Tears
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パーティの熱気にあてられて、アンジェリークはバルコニーに 佇んでいた。 満天の星が輝いている。 「きれい…」 思わず吐息のように声が出た。 「アンジェリーク」 呼ばれて振り返ると、ヴィクトールが立っていた。 「ヴィクトール様…」 「…お前に話しがあってな」 なんとなく並んで星を見上げる。星空を見上げながら、 ヴィクトールが言った。 「…実はさっき、軍から連絡があって、正式に軍に復帰して 欲しいと要請があったんだ」 「まあっ! よかったですね」 アンジェリークの顔が輝く。だが、ヴィクトールは笑みも 返さず、低く言った。 「…皇帝を退けた功績を認めて…だそうだ…」 「…………」 「そんな功績、俺は欲しくない…」 ヴィクトールの大きな体が、細かく震えている。 「ヴィクトール様」 小さな沈黙の後、アンジェリークが静か見上げる。 「ヴィクトール様は王立派遣軍に無くてはならない人だと 思います。きっと……」 そこでアンジェリークの言葉が僅かに切れる。 「きっと、アリオスも、よかったじゃねぇか、って言って笑って くれますよ」 微笑みながら、アンジェリークの青緑の瞳から、一粒の涙が こぼれ落ちる。 「…そうか……そうだな…」 ヴィクトールも苦い笑みを浮かべて頷いた。 「あ…私、ヴィクトール様にお礼を言うのがまだでしたね」 そっと涙をはらったアンジェリークが、思いついたように 見上げてくる。 「うん? なんの礼か?」 「虚空のお城で…私を抱えて連れ出して下さったでしょう? そうして頂かなかったら、私、あのままお城に埋もれてました…」 「お前一人抱えることなど、大したことじゃないぞ」 「でも…、本当にありがとうございました」 「お前から礼を言われることじゃない…」 礼を言ってもらいたいのはあの男からだ。 『…言うな…頼む…』 自分の剣を受け、膝をついた彼の口から呟きのように出た言葉。 駆け寄って来るアンジェリークを愛しげに見つめた瞳。 この結末を得た以上、皇帝への憎しみはない。 だが、アリオスに対しては憤りが湧く。 ――お前にはこれしかなかったのか!? 「ヴィクトール様。ここからヴィクトール様と二人で旅に出た のだったですね」 「そういえばそうだったな…」 次元回廊の向こうから現れた少女は、小さな生徒だった時と 変らず、優しげな微笑みを浮かべ、そうして旅が始まった――。 アンジェリークが星空を見上げる。 「私…ここに来てよかった…。この旅をして、本当によかった …」 その瞳からこぼれ落ちる涙の輝きに、ヴィクトールは思わず 見入り、そうして視線をそらした。 その涙をはらうべき男はたった一人なのだから――。 「夜風に当たりすぎるのは体によくない。気をつけろよ」 そう言って、その場を後にした。
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背景素材:Salon de Ruby 様 |