聖地でのパーティで、アンジェリークは微笑んでいた。
数々の賛辞に優しい笑顔で答えていた。
それは、心から微笑んでいると思える笑顔だったのだが――。
時折、誰かを探す目線の角度が、共に旅をした者にとって哀し
かった。
*
会場の音楽はワルツへと変る。
その最初の一曲に、アンジェリークの前に進み出たのはジュ
リアスだった。
「首座の守護聖として、新宇宙の女王陛下にお相手を願う」
その厳めしくも重々しい言葉は、ジュリアスの精一杯の庇護。
何も知らない人達の、軽々しい称賛からアンジェリークを
守るため。
「…ありがとうございます。ジュリアス様」
それでもアンジェリークは微笑んだ。
旅の途中、先々の祭りや催しに参加したこともあったけど、
こんな風に踊ったことは無かった。
――…アリオスとも…踊ったこと、無かったわ……。
じわり、湿り始めた心を、
――だめ、だめ。私ったら…。
自ら引き締める。
と。
「アンジェリーク…。お前が誰を思い浮かべようが、お前の心の
中のことだ」
頭の上から、ジュリアスの静かな声が降りてきた。
「!」
驚き見上げた先に、悼みの色をたたえた青の瞳――。
『憎むべき敵ではあるが、私は皇帝を哀れだと思うことがある。
人を殺めなければ、求めるものを得られぬ現実など、
つらいだけに違いない…』
旅の途中、ポツリと漏らしたジュリアスのその言葉。その時
思ったのだ。"何故?"と。
何故、皇帝はこんなことをするのかしら――と。
『闘いを、そして苦楽を共にした日々は、決して間違いではない
のだ。このような結果を迎え残念ではあるが、この結果がすべて
というわけではない。遠回りをしようとも、お前の歩む道には、
やがて光が差す』
満月に晒された真実を前に、呆然と立ち尽くしていた自分を
部屋まで送って、ジュリアスはそう言ってくれた――。
「…このような結果を迎えるために、闘ってきたわけではな
かった」
それは、アンジェリークが聞いたこともない、ジュリアスの
哀しみに満ちた声。
「…私は、そう思っている」
「……はい」
ふわっと包まれたジュリアスの衣装に隠れ、アンジェリークは
一粒の涙をこぼした。
*
「陛下。私ね…」
ジュリアスの衣装に包まれるように踊るアンジェリークを見つめ、
ロザリアが小さく小さく、隣のリモージュに呟いた。
「私、アンジェリークが彼を連れてきてくれると、思って
いました…」
「ロザリア…?」
リモージュが首を傾げて、エメラルドの瞳を真っ直ぐに向けた。
塔の中で。
一歩踏みだした男から、確かにみなぎった殺意。
だが――。
「…その女王…アンジェリークという名前なのか?」
低く抑え、冷静を装ってはいたが、明らかに彼は動揺していた。
「……その名に免じて、お前たちの命は預けておく」
彼は息を継いで背を向けた。
気を失ったままのリモージュをそっと抱え直し、男を伺う。
彼は腕を組んで壁にもたれ、所在なさそうに視線を空に漂わせて
いた。
「…あなた、アンジェリークを知ってるの?」
男は目だけを動かし、クッと唇の端を僅かに上げる。
「…そうだな。
救いがたいお人好しで、どうしようもない単純馬鹿な天使なら
ひとり知っている」
そう言って、再び目を逸らしたが、そのあまりに深く切ない
横顔に、思わず息を飲んだ――。
「とても『勝った』だなんて思えません…」
声を震わせたロザリアに、リモージュも頷いた。
アンジェリークが『旅をしてよかった』と言ってくれたことが
救いだった。
そうやって、アンジェリークに救われてばかりいる――。
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