力が――流れ出していく。
女王の、宇宙への力が。
それは痛み。
女王と宇宙は、それほど心と身体が繋がっている。
宇宙が弱っていく…。
お願い。
力を…力を返して。
いるのなら、私の命をあげるから、
だからお願い、力を返して…。
突然。
力の流出が止まった。
そうして。
「あんたの力、返すよ」
声がした。
「俺にはもう必要ないものだ」
それは、一度は聞いた声だけど、とても静かで穏やかだった――。
辺りは白い。
霧のような、靄のような。
上もなく下もない。
そうして、気がつくと目の前に一人の男の姿があった。
背の高い、銀の髪をした男。
真っ直ぐ見つめる瞳は、まるで萌え出ずる新緑のような翠。
その瞳が、静かに穏やかに見つめている。
瞬時に誰なのか分かった。
彼が選んだ結末も。
「ばかっ!」
パシーン。
ここは実体のない世界なのに。
『彼』の肉体はもう無いのに。
頬を打った手ごたえも、自分の手の痛さも本物だった。
「ばか、ばか、ばか!」
男の胸をこぶしで打つ。何度も、何度も。
「こんなのイヤ!」
こんな結末、欲しくない。
宇宙の安寧を渇望しても、彼の命と引き換えなどと、一度も
思いもしなかった。
零れる力と引き換えに流れ込んだ彼の苦悩。
時を経るにつれて積み重なる、哀しいほど深く切ない想い。
『お前と一緒に生きていきたい…』
胸に直接響いた、彼の真実の願い。
どれほどその願いが叶えられるよう祈ったことか。
彼は黙って打たれるままに受け止めている。
「…あんた、俺を憎んでないんだな……」
「憎むわけないじゃない! 怒ってるのよっ!!」
屹っと男を睨みつける。
と。
「…やっぱり、あんたは凄い女王だよ」
すいっと彼が、流れるような動きで膝をつき、手の甲に掠める
ように唇を落す。
「なっ! 相手が違うじゃないの!!」
彼は静かに顔を上げると、
「俺があいつにしたいのは、こういうキスじゃねぇからな…」
と、小さな笑みを浮かべた。
とても小さな微かな笑みだったのに、深い愛しみに満ちて
いた。
「それなら、どうしてっ!」
『待って、アリオス! アリオス…!』
一度だけ聞いた少女の呼びかけ。
それは、恋する者の、恋する人への呼びかけ――。
「連れて行けばよかったのよ!」
驚いたように男が目を見開く。
「その方がずっとマシだったのよ!」
彼と何処かに行ったとして――女王の任務を放棄しても、
女王の心は持ち続ける。宇宙を愛おしむ心が無くなるわけじゃ ない。
だけど…、
「分かってるの!?」
もしもアンジェリークの心が壊れてしまえば、あの宇宙は
無へと消える。
「私はあの子になんと言って謝ればいいの…」
「あいつのこと、頼むな…」
「…!」
見上げた先に、彼の微笑み。
そうして、銀の髪がうちかかる右の瞳が、翠から輝く金へ
と色変わりしていく。
「あんなんじゃ、この先、心配だぜ」
「だったら、ちゃんと戻ってきなさいよ!」
薄れ遠ざかる彼の姿。
微笑みを浮かべたままで、その金と翡翠の瞳で見つめている。
「預かるだけだからねっ。私は、他人の恋人の面倒を黙って
看てあげるほど、優しい女じゃないんだからっ!!」
遠くに消えかかった彼が、何かを言ったような気がした。
「――アリオス!!」
崩れるようについた膝に、とめどない涙で濡れた。
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