とっておきのプレゼント

2



 ホワイトデーの夕方、夕食後のくつろいだ時間。
「ほら、アンジェ。バレンタインのお返しだ」
 と、アリオスからピンクの紙包みを差し出され、アンジェリークは
びっくりして目を見開いた。
「アリオス?」
「ホワイトデーとか言うんだろ、今日は」
 薄く笑いながら覗き込む金と緑の瞳に、アンジェリークはどぎまぎ
しつつ頷く。
「よく知ってたね、アリオス」
「あ? まぁな。親切にも教えてくれるヤツが居たからな」
 ――ま、これだけは感謝してやってもいいぜ、アルフォンシア。
「ふーん……。えっと、開けていい?」
「ああ」
 リボンを解くと出てきたのはクッキー。
「わー、クッキーだぁ。美味しそう! アリオス、ありがとう!」
「クッ…。どういたしまして。ま、お前好みの味になってると思う
ぜ」
「えっ? このクッキー、アリオスの手作り?」
「ああ、レイチェルに教えてもらって、アルフォンシアと一緒に作っ
た」
「えっ!!」
 もっと驚いて、手元のクッキーを見つめる。
 大好きなアイスボックスのクッキー。
 色よく焼き上がっていて、形も整っている。
「すごい…美味しい……」
 サクッとした歯ごたえ。
 バターの風味が口に広がり、甘さも丁度よくてとても美味しい。
「美味しい!」
「そうか、そりゃよかった」
 アリオスは小さく笑って肩をすくめた。


「もう一つプレゼントだ」
「えっ?」
 びっくりして目を見開くアンジェリークにクッと咽の奥を鳴らせ
て、アリオスの手がすっとアンジェリークの首の後ろに回る。
「え? え? え?」
 驚いて見下ろすが、丁度鎖骨の辺りに金属の感触はするが、よく
見えない。慌てて鏡を覗き込む。
「わぁ……」
 淡い金のチェーンの先に青緑のトップが首元で揺れていた。

「きれい…」
 澄んだ青緑のトップが綺麗に輝く。
「よく似合う」
 後ろから鏡越しにアリオスが笑った。
「アリオス、あの、これ…」
「ああ、言っとくが、それは宝石じゃねぇぜ。ガラスだ」
「えっ!? これでガラスなの?」
 キラキラと光を弾く様はとてもガラスには思えない。
 アリオスにしても最初は宝石を探したのだが、
「お前の瞳と同じ色がいいと思ったんでな。偶然、アルカディアの
ガラス工房で見つけた」
 アルカディアの街はガラス工芸が盛んだった。
「すごく…素敵………」
 もう一度鏡に見入って、首元の青緑を指で辿る。
 本当に自分の瞳と同じ色。
「ありがとう、アリオス。本当に、本当に嬉しい。大切にするね」
 溢れる笑みで見上げて、背伸びしてそっとその頬にキスをした。
 いつもよりちょっと大胆なアンジェリークに気を良くして、腕を
下ろして閉じこめる。
「こっちの方がいい」
 と、自ら背を折り顔を近づけて、唇へのキスをねだる。
「!…」
 目元を染めてはにかみつつ、それでもアンジェリークは
「アリオス、ありがとう…」
 と囁いてキスをくれた。
 
 アンジェリークが贈ったキスは重ねるだけのものだったのに、貰っ
たアリオスが盛大にお返ししたせいで、
「はふ……」
 アンジェリークはぐったりとアリオスの胸に身を委ねている。
「クッ…、相変わらずだな、お前は」
「だって…アリオス、いきなりだもん……」
 淡く潤んだ瞳で睨まれても、煽るだけにしかならないのだが。
「それじゃ、もうひとつ…」
 薄く笑んで、回した腕で抱きしめ髪を撫でる。
「えっ!? もうひとつって…」
 そんなに貰っては悪い、とばかりに瞳を上げる。
 その瞳と同じ青緑が、華奢な首元に揺れている。
 アリオスはふっと笑みを浮かべ、小さな耳朶に唇を寄せた。
「とっておきの俺をプレゼントするぜ?」
「………!!」
 一瞬意味を取り損ね、きょとんと目を見開いたが、次に目元も頬
も、そうして耳まで真っ赤に染まった。
「ん? どうした、アンジェ? 貰っちゃくれねぇのか?」
 言葉は疑問形なのに、覗き込む瞳も、声も、たっぷりと意地悪な
可笑しみが滲み出ている。
「意地悪……」
 そう呟くけど。
 目の前の広い胸も、背中に回された腕も、そうしてなにより笑み
を含んだ金と緑の瞳。
 アンジェリークはそろっと大きな背中に腕を回す。
 恥ずかしいから、アリオスの胸に顔を埋めて、そうして囁いた。
 
「…大切に、もらうね……」
   


 
「あのね、アリオス…」
 アリオスの『とっておきのプレゼント』を貰っている最中、よう
やくの一休みに息を整えていたアンジェリークが、その腕の中から
見上げてきた。
「あ? そろそろ休憩終わりでいいか?」
 クツクツ笑いつつ、アンジェリークの栗色の髪でアリオスは遊ん
でいる。
「ち、ちがーーう! そうじゃなくて…」
 どっきりとして、慌てて身体を引くアンジェリーク。
「あのね、アルフォンシアからも素敵なプレゼント貰ったの」
「ほう…」
 ――そういやあいつは何を贈ったんだ?
「なに貰ったんだ?」
「うん、あのね…。聖地の奥に素敵な場所をくれたの。みんなで楽
しんでくれればいいなって。それが、なんとなくあの約束の地に似
てるの」
「ほう…なるほど…な」
「それで、今度みんなでピクニックに行こうって約束したの。それ
で…あの…」
 語尾が戸惑い気味になったアンジェリークに、クッと笑って
「心配するな、俺も行かせてもらうぜ」
「ほんと!?」
「ああ」
 ――あいつがどんなもん贈ったか、しっかり確かめなきゃな…。
「えへへ…。嬉しい。楽しみだね」
 にっこり笑うアンジェリークの笑顔が、なんとなくしゃくに触っ
たので、
「そうか。…ま、こっちも充分楽しんでくれ」
「えっ! きゃっ、アリオスっ」
「休憩終わり」
「えっ、ちょ、ちょっと待って〜〜」
 逃れようとするアンジェリークを軽く捉えて、身の下に敷き込む。
「や…ちょ、もうちょっと休ませて〜〜」
「そんだけ元気あれば充分だろ」
 口の端に悪い笑みを刻んでアンジェリークの顔を覗き込む。
「次はもっととっておきだぜ、アンジェ?」
「……………」


 
 果たして次の日、アンジェリークが宮殿に出仕できたか。
 みんなで約束したピクニックが何時になったのか。
 優秀補佐官レイチェルの深い深い深〜〜〜〜いため息で、明らか
であった――。


<Fin>






先日のバレンタイン創作の感想で
「次はホワイトデーのお返しを期待してます」
というのを頂きまして。
「そういや、私ってホワイトデー創作したことないなぁ…」
なんて思うと同時にネタが降ってきました(笑)

ところでアリオスって料理他家事一般をちゃんとこなすタイプに見えるんですよね〜。(元皇子なのに(苦笑))





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