「もうお腹一杯っ! あと一口だって入らないわ」
満足そうに吐息をついたアンジェリークに、クツクツとアリオス
が笑う。
「お前、ケーキの前だってそう言ったぞ?」
「甘いものは入るところが別なんだもんっ」
上目遣いの視線を向けて、口を尖らす。
可愛い…と思いつつも、アリオスは内心に苦笑いを憶える。
――ったく、いつまでたってもガキなんだから…。
「後片づけは俺がやるから、お前は風呂沸かして入ってろ」
「え、私がするわ。今日はアリオスのお誕生日だもん。アリオスは
座ってて?」
「だから、だろ?」
にやっと、思わせぶりな笑みを口に刻むと、つんっと、アンジェ
リークの鼻先を突っつく。
「くれるんだろ? もう一つのプレゼント」
「う……うん……」
――お、ちゃんと覚悟してるじゃねぇか。
頬を染めて頷くアンジェリークに、いい傾向だと、満足して
「だったら先に風呂入ってろ」
「う、う…ん」
アンジェリークは頷きはしたが、暫く俯いたままで、そうして顔
を上げた。
「あの、ね。アリオス」
「ん? なんだ」
アリオスは、テーブルを片づけようと、皿などを重ねて始めてい
た。
「こ、今夜はね…あの……『待って』も『だって』も、言わない
ようにする、から…」
「あ?」
振り返って。
シャツの裾を、アンジェリークが、ぎゅうっと握っている。
「アンジェ?」
「あ…その、『もっと』とか『そこがいい』とかは…言えない、
かもしれない…けど」
湯気が出そうなほど真っ赤になって、消え入りそうな小さな声
で、何度も何度も言い淀んで。
それでも瞳はアリオスを見つめ続けている。
「だから…だから、今日は…その……アリオスの好きにして?」
「お前…」
ようやくアリオスは、アンジェリークの言う『意味』を悟った。
手を伸ばし、上気した頬に触れる。と、ぴくっと揺れる肩。
それほど緊張してるのに、それでも健気に顔を上げているアン
ジェリーク。
いじらしくて、愛しくて。
その気持ちが嬉しくて、心底惜しいな…とは思ったけど、逃がし
てやることにした。
「お前、俺の冗談、本気に取ったのか?」
「……………」
アリオスは頬から髪へと手を移動して、艶やかな髪を撫で梳く。
「今までだって、俺は好きにしてるぜ?」
「うん…それも本当だと思うけど……」
小さく口をつぐんだ後、思いきったようにアンジェリークが言っ
た。
「でも…アリオス、見逃してくれてるところがあると思う」
「!………」
内心の驚きを、それでもアリオスは顔には出さずに
「どうしてそんなこと思うんだ?」
アンジェリークの顔を覗き込む。
「…アリオスが今、大人の男の人の顔をしてるから」
アンジェリークが静かに言った。
「アルカディアに居た頃、私、アリオスが『大人の男の人』だっ
て、強く感じることがあったの」
「…そういや、そんなこと言ってたな」
「あの頃はどうしてか分からなくて、それが寂しいって思っていた
わ…」
「今は分かるのか?」
「うん。あれはアリオスが見逃してくれた時、我慢してくれてた時
だって思うわ」
「…………」
負けた、と思った。
アンジェリークの澄んだ瞳は、真実が映しだされている。
――いや…、元から勝ち目なんて、なかったよな…。
髪に置いた手はそのままに、もう片方で、そうっと華奢な身体を
引き寄せる。
「眠らせないぜ」
言葉とはうらはらに、アリオスの目はとても優しい。
「うん」
「明日は腰が立たねぇぞ」
「うん」
「痕だって相当つける」
「うん」
「沢山、恥ずかしいことするぞ」
「う、う…ん」
真っ赤になって、固まって、それでも目を逸らさないアンジェ
リーク。
「アリオスの、したいこと、して欲しい…」
アリオスは更に目を細めて、触れるだけのキスをする。
驚いたように身を引くアンジェリークに、ククッと、アリオスは
笑う。
「んなに固くなってんなよ。お前が楽しくなけりゃ、俺だって嬉しく
ねぇんだぜ?」
「だ、大丈夫よ。ち、ちょっと緊張してるだけだから……」
「ったく…お前ってやつは……」
今度はその額にキスをして。
「それじゃ、さっさと片づけちまおう」
「あ、うん」
アンジェリークがテーブルに向けて伸ばした手を制して、
「ここは俺がやるから、お前は風呂沸かしてこい」
「え…でも……」
「でも、は無しだぜ。あ、言っとくが…」
髪をかきあげて見つめる瞳は、既に『よくない企み』を宿してい
る。
「風呂は一緒だぜ? 隅から隅まで洗ってやる」
「ええっ!!」
再び固まったアンジェリークに、アリオスは『にっこり』笑いか
ける。
「おっと、ギブアップか、アンジェ?」
「! しないもんっ!! アリオスの意地悪!」
真っ赤になって頬を膨らませて、パタパタと二階へと上がってい
くアンジェリークを、アリオスは微笑みながら見送る。
ふと、目に入った壁に掛かった時計。
もうすぐ『今日』という日付が終わりを告げる。
そうして、また、新しい瞬間(とき)を刻み始める。
アリオスは、パタンっと音をさせた二階を見上げる。
――サンキュ、アンジェ。
――愛してるぜ…。
<Fin>
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