庭園の彼

2



「めぇ〜〜」
「………………」
「めぇ〜〜」
「……………………」
「めぇぇぇぇえぇ〜〜」
「……………………………………」

 確かにそこに『彼』がいた。
 真っ白い体と立派な角の――ヤギ。
 
「うふっ。アリオス、可愛いでしょう?」
「………………」
 ――可愛い?
 ――この目つきの悪いこのヤギの、どこが可愛いって!?
 アンジェリークの審美眼を本気で疑ってしまう。
「どうしてこんな所にヤギなんかがいるんだよ」
「さあ…。どうしてなのかしら? 不思議でしょう?」
 アンジェリークは小首を傾げてアリオスを見上げる。
 と。
 ヤギがアリオスをちらっと見て嗤った。
 確かに嗤った。
 ヤギはアンジェリークの方に甘えて体をすりよせる。
「めぇぇぇ〜〜〜」
 ――な、なんだっ!? こいつはっ!!
「うふふ。私のこと、覚えてくれていた? 嬉しいわ!」
 絶句したアリオスに気づかず、アンジェリークは嬉しそうに目を
細めると、ヤギの頭を撫でてやる。
「めぇぇぇ〜〜〜」
 ヤギは再びチラッとアリオスを見ると、またもやニタッと嗤い、
そうして、その鼻先をアンジェリークの胸にすっぽりと埋めた。
「!!!」
 ――な、なにしやがるんだっ!!
 アリオスの狼狽に全く気づかず、
「あら〜、催促なの? うふっ。ちゃんと用意してるわよ」
 と、アンジェリークはそれは極上の笑みを浮かべて、スカートの
ポケットを探る。
 取り出したのは、薄いピンクに花模様の入った封筒。
「おい、お前。それをこいつにやるのか?」
「だって、このヤギさん。お手紙になってるのが好きなんだもん。
はい、どうぞ」
 にこやかに笑って手紙を差し出すアンジェリーク。ヤギの目は勝
者の光が宿っている。一瞬本気で、ここを占拠した際にこの庭園に
攻撃しなかったことを悔やんだ。
「……で、お前はこいつに手紙をやってたわけだ」
「うん。毎日あげてたのよ」
「………俺はもらったことねぇけどな」
 ぼそっと低い声で呻いたが、
「え? アリオス、何か言った?」
「…なんでもねぇよ」
 どうして自分のライバルは、ヤギだのしっぽの生えた馬もどき
(注:アルフォンシア)なんだろう?
 これが普通に人間の男なら、争う術も、対処の方法もあるという
のに!
 
 
「ねぇ、アリオス。疲れた?」
「あ?」
「ちょっと待ちくたびれたのかなって…」
「そんなんじゃねぇよ。ただ、ちょっと脱力しただけだ」
「脱力?」
 その問いには答えず、
「で、これからどうするんだ?」
 と話題を変える。
「えっと…あそこのカフェテリアでお茶しない? とっても美味し
いのよ」
 庭園の生け垣の向こうに、なるほどカフェテリアが見える。
「あそこのパフェがね、本当に絶品なの!」
「あー、そういや、そんなことを前に言ってたよな…」
「いつも、流石聖地のパフェは美味しいって感動したのよ」
「……お前、んなこと考えて女王試験受けてたのか?」
「むぅ…。アリオスの意地悪…」
 アンジェリークが小さく頬を膨らませるが、ふと、瞳をキラキラ
輝かせて振り返った。
「そう言えばアリオス言ったわよね?」
「なにを」
「パフェの食べさせ合い、してくれるって」
「…………」
 アンジェリークは軽い気持ちで言ってみただけだった。
 いくらなんでも、こっちの聖地のカフェテリアで、そんなことは
出来やしない。いや、元々恥ずかしすぎて、出来る訳ない。だから、
ちょっとばっかり仕返しのつもりで言ってみただけ。
 だが――。
「構わねぇぜ」
「ええっ! ア、アリオス!?」
 アンジェリークの動揺に、アリオスは顔色も変えず
「そういや憧れてるとか言ってたな。いい機会だから付きあってや
るぜ」
「えええ?? アリオス、本気なの!?」
「一度くらい、そういうのを経験するのも悪くねぇだろ?」
 そう言って、真っ赤になってじたばた焦るアンジェリークの肩に
するっと手を回しながら。
 アリオスはちらりとヤギに鋭い視線を向ける。
 
 ――ふんっ。お前にはパフェの食わせ合いなんて無理だろ?
 
 取り残されたヤギが一声鳴いた。
「めぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜」

<FIN>






わはははは(^^;
実はこれは実話です。私はSP2の時、真剣に庭園のヤギに恋してしまいました。
まさに、彼の為に女王になったのです(爆)
で、某様にうちのアリオスが「あんまり嫉妬深くないですね」と言われまして、そんなことないんですけど…という創作だったりします(笑)

久路 知紅



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