熟睡の後の、心地よい目覚め。
降り注ぐ光が朝陽と分かる。この朝陽に誘われるように目が醒
めた。
――…………。
あんまり深く眠ったため、軽く記憶が抜け落ちている。
――えっと…。
咄嗟に執務を思い出したが、それは昨夜で落ち着いたことも思
い出す。
――で、今日はお休みだったのよね…。
つまり寝坊した訳じゃないことに安堵して。
隣を見ると、居るはずの人がいない。
――アリオス?
もっとも、すぐさっきまでそこに居た証拠の温もりと窪み。耳
を澄ますと、浴室からの微かな水音と人の気配。
――あ…シャワー浴びているんだ。
安心の息をついてから、
――……あ、あれ、あれれ…?
二、三度首を振って記憶をたぐり寄せる。
お風呂から出て、アリオスを待っていて、眠っちゃいそうだっ
たから、ベットから降りて、ソファーにかけられたアリオスの上
着を手に取って……そこから後の記憶が無い!
――え、え、え、ええっ!?
頭が真っ白になって、とにかくアリオスの方へ、水音のする浴
室へと走る。
何も考えず、
「ご、ごめん、ごめんなさい、アリオス!」
バタンとドアを開け、もわっと湯気が頬に当たり、アンジェ
リークは固まった。
シャワーを浴びていたアリオス。当たり前だが、全裸だった。
細身なのに、逞しい筋肉質の肩や胸。脇から腹へと無駄な肉な
ど一片も無くて。高い位置にある腰から形の良い脚がすらりと伸
びて。くっきりとした稜線を描く首筋から鎖骨に、濡れた銀の髪
が張り付いて。水滴が滴る前髪を分けて、金と緑の二色の瞳。
幾らそういう関係だと言っても、朝日の中で、こうもはっきり
と彼の全裸を目にすることはなかった。
一瞬、目が奪われ息が止まり、次の瞬間、包まれた湯気のせい
ではなく、身体の奥から沸騰した羞恥に真っ赤になった。
「あっ、あのっ、その…ご、ごめんなさい…。お、お邪魔しまし
た…」
しどろもどろに、頓珍漢な挨拶をして、それでもペコッと一礼
して、ドアを閉めた。
閉めるつもりだった――。
アリオスとアンジェリーク。
素早さにおいても力においても、圧倒的な差があって。
ましてや、ぼうっとしているアンジェリークと、今、この状況
のアリオスとでは、勝負になる筈もなくて。
あっと言うまもなく、浴室へ引きずり込まれていた。
バタン。
視線も逸らさず、浴室のドアを閉めて。
掴んだ手首は放してくれたが、壁に手を突きアンジェリークを
囲んでしまって。
「あ…あの…ア、アリオス…」
戸惑い声のアンジェリークに、アリオスは口の端を上げて
「おはよ」
と言った。
「お、おはよう。アリオス」
挨拶されたから、挨拶をして。
「で、お前は何に謝ってたんだ?」
未だアリオスは触れては来ないけど、その銀の髪から滴り落ち
る水滴がポタポタとアンジェリークの胸元に落ち、薄いスリップ
に染みをつくる。
「あ…あの…アリオス…ぬ、濡れちゃう…」
「あ。これは悪かったな」
目も口元も、朝っぱらから見るには堪える妖しさで。その癖、
口調だけは穏やかに。
「それじゃ、お前もシャワーを浴びろよ」
「う…うん……」
とりあえず、今のアリオスは刺激しないよう、逆らわないよう
頷いて。しかしアリオスは腕の囲いを解いてくれない。
「あの…アリオス?」
すごく恥ずかしいけど、二人でシャワーを浴びるのは覚悟する
として、とにかく一旦、外に出なきゃいけないのに、アリオスが
腕から通してくれないから身動きできない。
「なんだよ。シャワー浴びるんだろ? 脱がないのか?」
「あ…あのね、だから、その…」
戸惑う瞳のアンジェリークの、既に赤く染まった耳元に、アリ
オスの低い声が響く。
「脱げよ、アンジェ。それぐらいは待っててやるから」
「ええっ!?」
「なんだ。そのまんまで濡れたいのか?」
熱い吐息とともに、身を寄せられる。
「ア、アリオス……」
つまりはこの場で自分で脱げと、そう言われていることに気が
つき、赤い顔を更に真っ赤にして、それだけは勘弁と懇願の瞳を
向けたけど。
「俺はそれでも構わねぇけどな」
つつつっと、長い指で鎖骨を辿られ。胸元にその指を軽くひっ
かける。
「新しいやつだよな、これ」
「う…うん」
コクコクコク。話題が少しずれて、ほっとして何度も頷く。
「よく似合ってる」
「あ…ありがと…」
なんだか変。話題の流れに違和感を感じ、もう一度見上げたア
リオスの瞳が更に妖しい色に染まる。
「折角似合ってるのに、俺に破られたくねぇだろ?」
「!!!」
狙い定めた獲物に飛びかかる寸前の、どう猛な殺気を吹きだし
つつ、身をかがめた豹そのものの。
妖しくも美しい瞳に射すくめられ、アンジェリークは息を止め
て、ただ立ち尽くすばかりだった――。
「……アリオスの意地悪…」
「クッ…言ってろよ。お前が悪いんだぜ」
ようやく言葉が出るようになって、アンジェリークが漏らした
恨み言を、アリオスは軽く受け流す。
「………それはそうだけど……」
だからと言って、あの仕返しはないんじゃないか、と、先ほど
までの時間を思い出して、顔を赤くする。
しかし、それはそれとして取りあえず落ち着くと、根っから健
康なアンジェリークは、朝から何にも食べていないことに気がつ
いて空腹を覚える。
「ねぇ、アリオス。お腹減ってない?」
「あ? …そうだな、減ってるな」
「それじゃ、ちょっとシャワー浴びて何か作るね」
にこっと笑ってベットから降り、シャワーに向ったアンジェ
リークの背中を眺めつつ、
――そりゃ、減ってるぜ? まだまだ全然食い足りてねぇんだ
から…。
と、アリオスは胸内で呟く。
――ま、メシくらいは食わせてやるぜ。
クツクツと、咽の奥で笑いながら、アリオスは窓を開ける。
目の前の湖に陽が煌めき、爽やかな風が吹き込む。
今日はお休みの日である。
ただし、アンジェリークが休めれるかどうかは、アリオスのみ
知るところであった――。
<Fin>
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