目覚めたときに…

2



*****

 「っ!!」
 最初に目に飛び込んできたのは、金と緑だった。
 
「………ア、アリオス」
「…起きたか?」
 覆いかぶさるようにして見つめるアリオスの瞳。
 ごくっと息を飲み込む。そっと目だけで辺りを見回す。
 まだ暗い夜の内。窓から差し込む月明かりが、ぼうっと部屋を照
らしている。
 回されているアリオスの腕。彼の鼓動と温もりを肌に直に感じて
いる。

 ――ゆめ、なんだ…。
 アンジェリークはもう一度ごくっと息を飲む。
 あれは夢なんだと。
「…大丈夫か?」
 アリオスが、その指で汗に濡れた前髪を払ってくれる。
「うん…ごめんね、起こしちゃったね…」
 そう言うと、アンジェリークは身を起こす。
「どうした?」
 アリオスが腕をとって体を起こす。
「うん、ちょっとお水飲んでくる。アリオス、寝てて…」
「……そうか」
 アンジェリークは急いで、床に広がるスリップだけを身に付け寝
室を出て階下に降りた。
 
 ブルッと夜気に体を震わせて、そうしてアンジェリークは自分が
全身に汗をかいていたことを知った。灯をつけないまま階下に降り
る。床の冷たさが素足に感じた。

 キッチンは更に空気が冷たい。蛇口から流れる水がガラスのコッ
プを満たしていく様を見つめながら、アンジェリークは深く溜息を
ついた。
 ――どうして…あんな夢を…。
 かつて幾夜となく見た夢。その度に跳ね起きて涙を流した。
 だけど今ごろになって――アリオスに抱かれ愛されその腕の中で
どうしてあんな夢を見るのか…。
 自分自身が哀しくなって、思わず涙が滲み出た。
 
「きゃっ」
 不意に、背後から抱きしめられた。
 温かい体温を背中に感じ、固い筋肉の腕を回される。同時に臀部
に当たったその感触が、彼が素裸なことを教える。
「ア、アリオス…」
「…水、飲まないのか?」
 少し声を落として耳元で言われ、それだけでアンジェリークの体
は震えが起こる。
「あ…飲むわ」
 伸ばした手より先に、大きな手がコップを取り上げる。
「飲ませてやるよ」
 声と共に顎を持ち上げられ、少し強めに押し付けられた唇から、
僅かに温まった水が流れ込んだ。
「…ん……」
 こくっと飲み込むのを確認してから、そっと唇が放される。
 アリオスはくるっとアンジェリークの体を回し、真正面から見つ
める。
「もう少しいるか?」
「ううん…もう、いい…」
 思わず目を逸らせてしまう。と、ふわっとした浮遊感。
 アリオスはアンジェリークを抱き上げると、ダイニングのテーブ
ルの上に座らせた。

 すっと伸びてくる大きな温かい手が髪をかきあげる。
「うなされてた」
「う…うん…ごめんね、起こしちゃって……」
「どんな夢見てた?」
「……………」
 答えようが無くて、思わず俯く。
「…あんまりよく覚えてないの……」
「ふうん…」
 アリオスの手が髪から頬へ。そうして顎へと辿って。
「ま、言わせる方法なんていくらでもあるけどな」
 突然、その手に力が込められた。
 
「きゃあ!」
 いきなり押し倒され、思わず漏れる小さな悲鳴。頭を打たないよ
うにと支えてくれたけど、押し付けられた背中にテーブルの冷たさ
に、アンジェリークは身を固くする。
 いつの間にか膝の間にアリオスの体が入り込んでいた。
「あっ、アリオスっ!!」
 するっとわき腹を撫で上げられ、そのまま布越しに胸を包み込ま
れる。同時に首筋に落ちた唇の感触。ピリッと小さな痛み。
「あっ、やだ、駄目っ」
 逃げようにもテーブルの上。
 押さえ込まれているわけではないが、覆いかぶさった大きな体に
阻まれ起き上がれない。既に脚を割られている上、足が地について
いないため、体を捩ることも出来ず。
 ばたつかせた拍子に太股に当たった彼自身に、その熱く昂ぶった
様に、びくっと震える。

 アリオスはと言えば、思う様に首筋から鎖骨へと舐め上げては、
時折強く吸い付き痕を刻む。
「アリオス! だめっ。見えちゃう」
「だろうな」
 すっと長い指が、出来栄えを確かめるように撫で上げる。
「…アリオス……」
 その返答に言葉が詰まった。
 いつもは、アリオスは気を遣ってくれて、見えるところには痕は
つけない。
「いいだろ、たまには」
「…………」
 ――やっぱり、聞かれちゃったのかな…。
 あれではまるでアリオスを責めてるようだ。そんな気持ち、一つ
もないのに。それとも、自分は、心の奥底に、未だに何か拘ってる
ものがあるのだろうか?
 そんな自分が哀しくて。言葉を失い、心の中で唇を噛む。

「あっ、だ、だめっ」
 肩から脇を辿っていたアリオスの手が、スリップをめくりげる。
回された腕で背を浮かされる。
「ほら、手をあげろ」
 腕を捕らわれ、頭上へと導かれる。スリップの肩ひもが二の腕か
ら外れる感触。
「ねっ、ア、アリオス…あっ、ああっ」
 全身を晒され一瞬感じた夜気の冷たさ。だけどすぐに胸の頂きが
熱く濡れた感触に浸される。

 数時間前に愛された体は、すぐに火がつく。
 舐められ吸われ弄ばれる。彼の手は片方はアンジェリークの肩を
抱きしめて、もう片方で肌を味わう。片方だけ唇で愛され、焦れた
乳房が震えると、ようやく辿りついて、途端につよく揉み込まれ
る。
「あんっ…あっ」
 焦れた分だけ敏感になって、頂きを軽く摘まれるだけで、秘園か
らどっと蜜が溢れた自分で感じる。
「あっ…まって。ね…」
 流されかける体。だけど、肩や背中にあたる硬く冷たい感触が、
そこがテーブルの上だと意識させられ、畏れが湧く。

 アリオスの指がそこに潜り込む。
「だっ、だめっ! だめぇ…!」
「ん?」
 アリオスは顔をあげ、ついっと体をさかのぼり、耳たぶと軽く噛
む。すると彼の高まりがずいっと太股に押し当てられ、それだけで
ぞくぞくと背筋が震えた。
「俺に抱かれるのが嫌なのか?」
 軽く耳たぶを噛んだまま、低く囁かれる。
「ち、ちがう。そうじゃなくって…」
「ならいいだろ? その気になった。やらせろよ」
 そこに押し当てられる。今にも貫かれそうで。
「やっ! だ、だめっ、ね、アリオスっ! アリオスっ!!」
「なんだよ。なにが駄目なんだ?」
 軽く唇を摘まれる。その唇に少し安堵して、
「ここはいや…。せめてソファに…」
 と、ようやく望みを口にした。
「ん? 別にどこだって一緒だろ?」
「ち、ちがうもの。こ、ここは、お食事するところだもの」
「そうか…」
 もう一度降ってくるアリオスの唇。そうしてククッと可笑しそう
に咽を鳴らした。
「…だったら、目的にかなってるぜ?」
 押し当てられた熱いものが、ずいっと中に入ってきた。
 
「ああっ! あ…や…っ!」
 押し入っては来たが、先端部分だけで彼は留まる。それだけに、
そこが生々しく意識され、自分でもわかるほど蜜が溢れ出す。
「…っ…ア、アリオス…や…」
 身動きも出来ず、息さえ潜めて、アンジェリークは全身を震わ
す。
 アリオスがふわりと頬にキスする。
「お前…俺を呼んでいた」
「…………」
「アリオス、どこって、返事してって言ってた」
「…………」
「お前がそんな風に俺を呼んだ時って、おそらく一回だけだよな」
 そう言いながら、アリオスはアンジェリークの手をとり、そこに
も唇を押し付ける。彼の長いまつ毛が僅かに伏せられ、再び色違い
の瞳が上げられる。
「どうして言わない?」
「……だって……」
「俺に気をつかったのか?」
「…………」
 アリオスはクッと小さく笑う。
「俺も甘く見られてんな」
 つっと頬をつつみこまれ、真正面から見つめられる。アリオスは
フッと微笑んだ。
「別にいいじゃねぇか、そんな夢見ても」
「え?」
 意外な言葉に目を見開く。その表情が可笑しかったのか、更にア
リオスの笑みが深まる。
「それは俺たちが辿ってきた道だ」
「…アリオス……」
 アリオスの体がゆっくりと上に落ちてくる。太股に大きな温かい
手が添えられる。
「そうして、これが今の俺たちだ」
 一気に腰が引き寄せられた。
 
 


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