Loving You ...

6



 そっと頬が温かく包み込まれ感覚に、意識が浮上していく。
 次に唇に降りてきた柔らかで温かな何か。
 僅かに開いたすき間から、そっと差し入れられた、水。
「ん…」
 咽を通る、冷たく心地いい感触に誘われ目を開ける。
「起きたか?」
「…アリオス」
 アリオスは微笑って、アンジェリークにグラスを差し出す。
「飲むだろ?」
「あ…、ありがとう」
 頷いて、半身を起す。
 その途端に、躰の最奥がズキンッと痛み、一瞬、息を詰めた。
 アリオスは、その表情を目には止めたが、特に言及はせずに、差し出された手にグラスを持たせると、細い肩に腕を回す。
 アンジェリークが見上げて
「ありがとう」
 と微笑んだ。
 
 ――どうやら大丈夫そうだな。
 少々、否、結構攻めてしまった自覚があるので、気掛かりだったのだが、
――アンジェリークの身体と心に――どうやら杞憂と分かってほっとする。
 夜はまだ長い。
 アリオスにすれば、これからがお楽しみのトコロがあるので、アンジェリークが微笑ってくれたのが嬉しかった。
「…今夜は泊まれるんだろ?」
 肩に回した手で栗色の髪を玩びつつ尋ねる。
「え…あ、う、うん。ちゃんと戸締まりしてきた」
「…………」
 『戸締まり』という表現が、奇妙にひっかかった。

「なぁ、アンジェ。お前、まだ、身体売らなきゃならねぇのか?」
「え?」
 一瞬、固まって、そうしてアンジェリークは視線を落とす。
「別に、それが悪いとは言わねぇ。お前なりの事情があって、お前が考えて出した結論だろう? とやかく言うつもりはねぇよ」
「アリオス…」
 ふと、アンジェリークは目の奥が熱くなって、慌てて俯く。
 ――こんな風に言ってくれるなんて思いもしなかった…。
 アリオスはベットサイドに腕を伸ばす。
 差し出されたのは真新しい携帯電話。
 ストラップ代わりについた鍵がチャラッと鳴った。
「アリオス?」
「お前が身体を売るときは、これで俺に連絡してここに来い。俺もお前が欲しいときにはここにかける」
 パフッと小気味な音をさせて、携帯のフタを開け、アドレスを開ける。
唯一、登録されている『アリオス』の文字。
「お前が身体を売るのは俺だけにしろ。俺だけの娼婦になれ」

 言われた言葉を理解して、そうしてアンジェリークは深く考え込んだ。
 アリオスの申し出は嬉しい。
 知らなかったから決心したが、こうして経験すると、いかに自分が『身体を売る』ことを軽く考えていたか身に沁みた。
 ましてや、アリオスが好きだと自覚した今となっては、アリオス以外に触れられることはとても堪え難い。どんな大金を積まれても、絶対にやりたくない。
 目を上げてアリオスを見上げる。
 あの不思議な金と緑の瞳は真剣な光で、アンジェリークの答えを待っている。
 ――どうしよう…。
 頷きたい想いとそれはいけないと止める心の狭間で激しく揺れて、ただ、携帯をじっと握りしめた。
 
「すぐには答えられないか?」
「アリオスの申し出はとっても嬉しい。でも…」
「でも?」
「私の事情にアリオスを巻き込んじゃう気がして…それはすごく悪い気がする…」
「お前の事情か…。それ、言う気ないか?」
「え…、それは…」
 言えば、きっとアリオスは力になってくれるのだろう。
 だけど、それは許されることなのだろうか?
 今日、出会ったばかりの人に。 
 再び深く考え込むアンジェリークに
「まあ、いい。言いたくなけりゃ聞かねぇし、言いたくなったら教えてくれ」
 そう言ってアリオスはポンポンと小さな頭を撫でた。
「お前にどういう事情があるか、興味はあるけど、無理には聞かない。まずは俺の申し出を考えてくれ」
「あ…う、うん…」
 アンジェリークは頷いたから、その時のアリオスの表情を見逃してしまった。
 妖しく獰猛に輝き始めた、その瞳を――――。
「ゆっくり考えてくれていいぜ。ただし――」
 そう言うと、アリオスはするっとアンジェリークの手の内の携帯を取って、再びベットサイドに置く。
「俺は、お前が『うん』と言うまで、帰す気はねぇからな」
 え? と問い返す前に、あっという間に大きな躰に組み敷かれ、戸惑う前に熱く激しく唇を塞がれた。

 
「なるっ! なるわ、アリオス!!」
 ようやくアンジェリークがそう言ったのは、日付も変わって夜も更けてから。
「なんになるんだ?」
 低く少女の耳元に囁き、ついでにふっくら柔らかな耳朶を含みつつ、首筋のくぼみに舌を這わす。
「やっ! だっ、だめっ!!」
 案の定、アンジェリークは悲鳴をあげた。
 さっそく見つけた少女の弱い部分。存分に舌でなぶりながら、回した手で二つの蕾を摘み上げる。
 双丘の頂きと、柔草の中の。
「ひやっっ…!」
 全身を震わせ硬直する華奢な背中を見つめつつ、確かな手ごたえの蕾をクニクニと強弱つけて弄ぶ。
「ふわっぁ…。あっ、ああん」
 後ろから貫かれて、腕を回され抱きかかえられた状態では、何処に逃げることも出来ずに、ただ翻弄されるだけ。
「ほら、なんになるんだ、アンジェ。ん?」
 項に舌を移動させて――ここも彼女は弱い個所だ――軽く吸うと、ほのかに紅い痕が出来る。
「うう…くぅ…ん」
 あまりにキツイ刺激に、言葉を紡ぐことが出来ず、喘ぐアンジェリークにほくそ笑み
「ん? どうした、アンジェ。まだ、考え中か?」
 そろっと蠢き始めた指に、アンジェリークは激しく首を振った。
 もう耐えられない。
 理性も思考も振り飛ばされ、ただアリオスを感じる感覚だけしか許されない。
 貫かれたまま、何度も達し、何度も気を失っては、その手と唇に目覚めさせられ、甘い苦痛に浸される。
 最初のそれが如何に手加減されたものか、身をもって知らされた。
「なる…から…」
 苦しく喘ぐ息の下で、なんとか出せるのはこの言葉。
 だが、それではアリオスは許さない。
「だから、なんになるかと聞いてるんだろ?」
「あっ!…やっ、そ、そこはやめてっ!」
 ゆっくりと抜き差したアリオスが、的確にアンジェリークのイイ場所を軽く突く。
「聞いてんのは俺だ。…それとも、もちっとイイ思いしなきゃ、言えねぇか?」
「はあっ…あ、あ、あ…アリオスの…」
 刻み込まれ教え込まれた快楽が、全身を巡り炎となる。
「俺の? 俺のなんになるんだ? アンジェ?」
 わざと焦らすようにゆっくりと動き、そのくせ、摘んだ蕾への刺激も忘れない。
「アリオスの…アリオスだけの娼婦になるわっ!」
 悲鳴のように紡がれた言葉。
 同時に強く引き寄せられ、ひっ! と声にならない悲鳴を上げた。
「やっと言えたじゃねぇか、アンジェ」
 満足そうなアリオスの声。ぐいっと顔を横に向けさせられ、貪るような激しいキス。
「うう…ん…」
 ろくに息も出来ずに、意識が飛びそうになった直前、ぐるりと躰を仰向けに直された。
「それじゃ、その証だな」
 そう囁かれた後、汗ばむ大きな躰に包まれて、もうアンジェリークは覚えてはいなかった――。

 琥珀の水で咽を潤す。
 カッと全身に熱が回って心地よい。
 ふと、シーツの海に昏倒しているアンジェリークに目を向け、クツクツと笑いながら
「まったく、手間かけさせやがって」
 と覗き込んだ。
 頬や髪に指を滑らせたが、アンジェリークの眠りは深く、起きそうもない。
「まあ、そうだろうな」
 と心当たりに呟いて、満足げに笑みながら、再びグラスに唇をつけた。
 アンジェリークの意外に強情な面も、それはそれで手ごたえもあり、しっかり楽しめたのだから、これはこれで儲け物だろう。
 
「…あ、俺、肝心な事を言ってなかったな…」
 唐突に、伝えそこなった言葉を思い出した。
 言葉を惜しむ気もないし、気持ちを表すのを躊躇するガラではない。
 ただ、手に入れたのが嬉しくて、可愛くて、そうしてアンジェリークも、その躰で答えてくれていたから、つい、伝えそこなっていた。
 柔らかな頬から紅い唇へと指を辿らせ、ついっと軽く唇を重ねる。
「好きだぜ、アンジェ」

 一瞬で魅かれた。
 一目ぼれなど、自分に無縁と思っていたが、目にした途端に、引き寄せられた。
 だから、声をかけた。
 後は手順に沿って口説き落とそうと考えた。
 思いがけないアンジェリークの状況にも、それならそれで順番を変えればよいだろう…と判断して事を運んだだけだった。
 どんな事情があるかは分からないが、取りあえず、アンジェリークは約束したのだから、それを違えることは無いはずだ。

 
「早く目覚めてくれよ、アンジェ。続きがあるんだから」
 そう言いながらも、アリオスはそっとシーツを引き上げ、アンジェリークの丸い肩にかけ直してやる。
 明日、ちゃんと言ってやろう。
 好きだ、と。
 もう、手放さない、と――――。

<Fin>



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あとがき

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