「え? 24日と25日って、クリスマスのこと?」
「ああ」
「もちろん、私はアリオスと過ごすつもりだけど、どうしたの、
一体?」
「どうしたのって、お前…。誘ってんだぜ、クリスマスデートに」
「ええっ!?」
アンジェリークは大きな目をもっと大きく見開いて、ポカンと
口を開けたままで、ぼう然とアリオスを見上げる。
――クッ…。全く想像通りの反応しやがって…。
内心笑って、だけど『正解だな』と心に思う。
12月に入って、聖地もクリスマス仕様となっていった。
扉に小さなリースが目立ち、宮殿前の樹に電飾をつけるのを手伝
わされ、なにげに『陛下とどう過ごされます?』と尋ねられた。
アリオス自身「くだらねぇイベントだな」と思わなくもなかったが、
ふと、気がついたのだ。
――俺、アンジェにこういうイベントデートに誘ったこと、
なかったな…。
デートしなかった訳じゃない。
旅の間も(デートとは言い難いが)一緒に雪を観たり、海を見に
連れて出たりしたことがあった。
アルカディアでは、休みの度に連れ立って出歩いていた。
だけど。
こんなイベントで『事前にデートに誘う』ことは、してなかった
ように思う。
――それって、悪いよな…。
宇宙の女王と言っても、アンジェリークは普通の少女だ。
イベントデートにワクワクして待つ、そんな当たり前の感覚を
持っている。――それが、その当たり前の感覚が、この宇宙を支え
ている。
――悪いというより、情けねぇよな、俺…。
アンジェリークが喜ぶことをしてやりたい。
だったら………。
決めてしまえば行動は早い。
幸い、アルカディア街での顔見知りも多い。色々情報を調べて手
回ししてみると、
「クリスマス、アルカディア街では、結構面白いことするんだってさ」
「面白いこと?」
「ああ。リース比べとか、焼き菓子大会とか、天使の広場でやるそうだ。
…クッ、相変わらず、あそこの住人はお祭り好きだぜ」
「なんだか楽しそうね」
リースと焼き菓子に釣られて、アンジェリークの瞳が輝く。
「で、夜には皆がキャンドルを持って、『聖なる歌』を星に捧げる
と言っていた」
「わー、凄く綺麗でしょうね」
「25日はリースを持ち寄って、広場でオブジェを作るらしい。
なんでも女王に感謝を込めてだってさ。
一体どんな感謝を込められるんだろうな、お前」
「もー、アリオスったら」
ちょっと頬を膨らませたアンジェリークに、アリオスは笑って
その頬を突く。
「好きだろ、お前。そういうの」
「うん! 見てみたいっ」
「だから」
ちょんと、鼻先を突っついて
「行ってみようぜ、24日にアルカディア街に。
俺はお前とその祭りを見てみたい」
話しを聞いて、これはいいと思った。
だから、早速美味いと評判のレストランと、窓から海と空が見える
小奇麗なプチホテルを予約して、そうして気がついた。
その日を楽しみにしている自分自身を…。
――天使の広場の祭りでは、はしゃいで食い過ぎないように
しねぇとな。
――夜のキャンドルは、絶対に自分も持つに違いねぇぞ。
――あ、でも、アンジェの歌が聴けるんだな…。
そんなアンジェリークの姿を想像するだけで、心浮き立つ自分が
いる。――かつて一度も持ったことの無かった、待ち遠しい気持ち
が湧いてくる。
「…でも、お休み貰わないと駄目だね…」
「心配すんな。ちゃんとレイチェルから許可貰ってる」
と、さっきの書類を掲げる。
「凄い…。アリオス、手回しいいね〜〜」
「クッ…。まあな」
軽く口の端で笑ってポンポンと頭を撫でてやる。
「すごく楽しみだわ。
何着ていこう。あんまりフォーマルなのも駄目よね? 寒いかな?」
「ここと同じだろ? ここの天気をあそこと同じにしたのは
お前だろうに」
「えへへ、そうだけど〜。あ、私もリース作って持っていっちゃ
駄目かな?」
「別に、構わねぇだろ。けど、あんまりでっかいのは作るなよ。
持っていくのに困るから」
「うん! あ、その『聖なる歌』、知ってたら教えて?」
「分かった、今度聞いてくる」
「うふっ!」
瞳を輝かせ、頬を紅潮させて、それはもう楽しげなアンジェリーク。
――クッ。この調子で一ヶ月、はしゃぐんだろうな…。
と、胸中に苦笑を浮かべたアリオスだが。
ふと、腕の中のアンジェリークが妙に静かで、どうしたのかと
見下ろすと、アンジェリークはそれは真剣な瞳で見上げていた。
「アリオス…、ありがとう。すごく、本当に、言葉で言い表せない
くらい嬉しいわ」
「あ?」
「クリスマスデートに誘ってくれたのも嬉しいし、アルカディア街の
お祭りに誘ってくれたのも嬉しいし…。でも、一番嬉しいのは……」
「…アンジェ?」
微かに声を上ずらせ、まつ毛を濡らせたアンジェリークに、焦り
かけたアリオスだが、アンジェリークはそれは綺麗な笑みをアリオスに
向けた。
「アリオスが、一緒に見たいって言ってくれたことが一番嬉しい!」
優しい腕が巻かれ、
暖かな身体が胸内にあり、
大地の髪が顎をくすぐる。
アリオスもまた力を込めて、アンジェリークの、その在り処を腕に
確かめる。
「俺も楽しみにしてるぜ、お前と行く祭りを。クリスマスとやらを」
さらりと髪を掻き分け、その小さな耳に囁いてやる。
「ホント?」
「ああ、ホント。それに……」
「俺も歌うぜ、その『聖なる歌』を、お前の隣で」
「えっ?」
驚いて身体を離しで見上げたアンジェリークに、アリオスはそれは
綺麗に笑み返す。
「けど、俺は星になんか捧げねぇ。俺の歌は…」
そう言って、アリオスはアンジェリークの小さな指に口付けた。
銀の髪が指先をかすめ、その金と緑の瞳に見つめられる…。
「俺の歌は俺の天使に捧げるぜ、アンジェ…」
<Fin>
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