Holy Song

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 12月に入ったばかりの頃。
 女王アンジェリークの「12月24・25日」の休暇届が超優秀
補佐官レイチェルに提出された――。

「って、どうしてコレをアナタが持ってくるのよ〜〜」
 
 日頃働き過ぎの感がある女王だから。こんなイベントを機会に
休んでくれれば、補佐官としてはありがたい。
 だけど、例えば「えっと…あの…24日と25日、お休み貰っちゃ、
駄目かな…」と、ちょっと頬を染めつつお願いモードのアンジェ
リークに頼まれるのと、
 
「おい、これ受理しとけ」
 と、顔だけはいい『銀色猛獣』に、もののついでにバサッと机の
上に置かれるのとでは、全然違うのだ。
 
「なんだよ、なんか文句あるのか?」
 レイチェルの抗議に、面倒臭そうに首だけ振り返って長い前髪を
小うるさそうに掻き上げたアリオスに、
「…あのコがお休みするのは大歓迎だけどね」
「だろ? 俺に感謝しろ」
「! だ〜か〜ら〜〜〜〜!!
 どーして、アナタが、アンジェの、
 休暇届を出しに来るのよっ!!!!!
「俺の権利だ」
「……………………………………………………………はぁ」

 アリオスは頭もいいし腕も立つ。
 口は悪いが(これが元皇子かっ)、どうこう言っても面倒見はいい。
 アンジェリークのことはちゃんと大切にしている。
 ついでに顔もいい。
 だけど、だけど、
 だ〜け〜ど〜〜〜〜!!
 
 この性格はなんとかならないのかっ!!
 
 アンジェ!!
 どーしてこんな男とくっついちゃったのよーーーーー!
 
 心の中で絶叫してぱたっと机の上に突っ伏したレイチェル。
「おい、お前、どこか具合悪いのか?」
「…別に。ただ、世の無情を感じてるだけよ」
 そう言うと、レイチェルはのろのろと手を動かして、休暇届に
サインした。
 どうせ何を言っても無駄なのだから、さっさと処理した方が精神
衛生上マシである。
 
「お、サンキュ」
 こういうところは律義に礼を言うところも憎たらしくて、
「まあ、程々にしてくれればありがたいわ」
 と、諦め顔で今更に書類に目を通して(つまり盲判を押したのだ)、
そこで気がついた。書類には休暇届と一緒に、外出届も添えられて
いたのだ。
 行き先は『アルカディア街』と書き込まれている。
「あら、聖地を出るの?」
「ああ、2日程だからいいだろ? 緊急事態が出たらアルフォンシア
 をよこせよ」
 と、この宇宙の意志たる聖獣を伝書バト替わりに使うアリオス。
「ま〜、いいけどね〜〜。アナタがついてたら危ないことも無い
 だろうし」
 別の意味でアンジェリークにとって『デンジャラス』なのだが、
もうそこまで言及しない。
「でも、珍しいね。アナタからアンジェを街に連れ出すなんて」
 二人で聖地の外に出ることはあっても、『街』には殆ど出向かない。
 レイチェルの言葉に、アリオスは目を上げ、
「あ? ああ、まあな。ちょっとばっかし、反省してな」
 と言った。
「え? ええええっ!?」
 この男の口から『反省』という単語が音として出てくるなんて!
 レイチェルは思わず窓の外を確かめる――あいにく、外は穏やかな
午後の日差しに満ちていた。
「は、は、反省って一体なにを?」
 思わず吃ってしまうレイチェルだったが、
「あ〜、ま、それはこっちのことだけどな」
 案の定、誤魔化されてしまったが、アリオスは意外に真剣な顔
だった。
 ――ま、いっか。これ以上突っ込むのは馬に蹴られる、じゃなくて、
   猛獣に噛られちゃうもんね…。
 そう思い直すと、にっこり笑って
「ところでアリオス、一つ頼まれてくれないかな〜〜」
 と、ちょっと辺境の星への視察を頼んだりする。
 もちろん、嫌がらせである。
 
 
 コンコンとノックをして、
「どうぞ」
 の応えと同時に女王の執務室の扉を開ける。
 中には人影が2つ。
 研究院に勤める女性と、その報告を受ける女王アンジェリークの姿。
「あっ、アリオス! 来てたんだ」
 と、それは嬉しそうに柔らかな笑顔を溢すアンジェリークに、
思わず見惚れた。
 ――こいつのこういうところ、キちまうんだよなぁ…。
 自分の訪れをこんな笑顔で迎えられると、やっぱりオトコとしては
くすぐられる。――――独占したくなる。
 だから無言で大股で歩いて近づく。
「なあに、アリオス?」
 きょとんと小首を傾げるアンジェリークに構わず、すいっと背を
折り唇に触れた。
「なっ、ち、ちょっとぉ、アリオス!」
 びっくりして、慌てて身をひこうとするも、アリオスがしっかり
椅子の背を掴んでいるせいで、机と椅子の狭い空間に閉じこめられる。
「アリオス、駄目だって!」
 あっという間に降りてきた腕。その胸に腕を突っ張って、なんとか
距離を稼ごうとするアンジェリークの抵抗を、逆に愉しみながら
片手で遮り、顎に手をかけ上を向かせて顔を近づける。
「駄目って。ひ、人がっ」
「誰も居ねぇぞ」
「え?」
 慌てて見回すと、さっきまでここで報告してくれていた研究院の
人の姿が何処にもなかった。
「あれ? ど、どこに行っちゃったのかしら?」
「さあな」
 涼しく応えて、だからいいだろ? と、頬を引き寄せた。
 
 その頃。
 ――陛下ったら、どーしてあんなに鈍いのかしらね〜〜。
 さっさと避難した研究院女性職員は、我が女王の鈍さにため息を
つく。
 ――あーんなにアリオスがオーラ出してるのに、能天気に『なあに、
   アリオス?』なんだもん。アリオスも大変ね〜〜〜。
 と、『アリオスに同情』するのだった。
 
 
「もう、アリオスったら…」
 昼間の執務室で受けるには濃厚すぎるキスに、アンジェリークは
思わず抗議する。
 だけど、息を切らせ紅潮した頬に、少し潤んだ青緑の瞳に見上げ
られれば、
 ――…………。
 アリオスにしてみれば理性の防波堤を試される。
 一瞬、このまま『お持ち帰り』しようかと思ったが、レイチェル
にそのつけを払わされるのも業腹なので、ここはぐっと夜まで我慢
することに決める。
 ――その代わり、夜にはたっぷり利子を払ってもらうぜ?
   アンジェ。
 と、勝手に貸しを作るアリオスだ。
「なあに、どうしたの?」
 相変わらず無邪気に見上げるアンジェリークに、単に「したかった
から」と本音は告げず、代わりに
「お前、24日と25日は俺に付きあえよ」
 と、ここに来た本来の目的を口にした。



 


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素材:Salon de Ruby 様