噴水の彼

5



*****


「そういう理由で、あの人を見てたの」
「なるほど…ね」
 そういう経緯があったなら、あの男を見ていても、まあ仕方ない
とは思うものの、非常に複雑な気分である。
 そんなに簡単に見ず知らずの男に付いて行くところとか。(なに
より指に触らせるところとかっ!)
 だけど、男の彼女への贈り物を一緒に選ぶなんて、アンジェリーク
らしくて。
 そんなお人好しで一生懸命なバカなところは、全然変ってなくて。
 ――はぁ…。
 溜息つく以外に、アリオスにはどうしようもない。
「あっ! ねぇねぇ」
 突然、アンジェリークがアリオスの袖を引く。
「あ?」
「ほらっ」
 見ると、噴水に佇む男が、それは柔らかな笑顔を、広場の入り口
へと向けて、手を振っていた。
 
 ――へぇ……。
 手を振り、男に走り寄って来たのは、驚くほど小柄な少女。
 一瞬、
 ――おい、犯罪じゃねぇか?
 と突っ込みかけたが、少女が近づくにつれて、思ったより年ごろ
の――アンジェリークと同じくらいの少女だと分かった。
 なるほど、アリオスの髪よりもう少し蒼みがかった銀の髪を二つ
に分けて、赤いリボンでまとめている。
 男はというと、満面の笑みで少女を迎えると、腕を回して少女を
腕に閉じ込めている。そうすると、見事に男の影にかくれてしまう
ほど、小柄な少女だった。

「可愛らしい人ね」
 アンジェリークが微笑みながら見上げてくる。
「……ま、お前より小さいな」
「……背のこと言ってるんじゃないんだけど」
「けど…あれじゃ電柱にセミの域だぜ」
 自分とアンジェリークにしても、結構身長差はあるのだが、あの
カップルの身長差は、自分たちを越えている。
「…そりゃ、私も背、低いものね……」
「あ? なんだ、そんなこと気にしてたのか?」
「だって…ね」
 そう言って視線を上げるアンジェリーク。
「んなこと気にするなよ。俺にとっちゃ、この方が都合がいいしな」
「??? どうして?」
 不思議そうに小首を傾げるアンジェリーク。
「どうしてって…」
 アリオスの方こそ『どうして』分からないのだよ、とも思うのだが。
 一瞬の間の後、アリオスは背を折り、アンジェリークに身を寄せると
耳元で
「お前を包み込んじまえるから、だよ」
 と囁いた。
「!」
 大きな目をもっと大きくした後、熟れたトマトと化したアンジェ
リークに、アリオスは咽の奥で笑った。
 
 噴水のカップルはといえば、男が、恥ずかしげに身をよじる少女を、
笑いながら制し、キスして抱きしめている。
 真面目そうな顔をしているが、そういう意味での照れや遠慮はない
性格らしい。
「……すげぇ、バカップルだな」
「もうっ、そういうこと言っちゃだめよ」
 メッ、とアンジェリークが小さく睨むから、アリオスとしても
楽しくなる。
 噴水カップルはひとしきりじゃれて、男が手を差し出す。少女が
含羞みながらその手を握る。
 二人で顔を見合わせ笑いあって歩き出した。
「あれれ…?」
「ああ…玻璃の森に行くんだろう?」
 アンジェリークの疑問を察してアリオスが言う。
「玻璃の森?」
「ああ。あそこの奥に、でかい木があったろう?」
「うん」
「あれって『プレゼントの木』とかいう名前があるらしいぜ」
「プレゼントの木? どういう意味なの?」
「なんでもこの大陸には、大切な人に贈るプレゼントをあの木に
 吊すっていう習慣があるらしいぜ」
「あ…だから『プレゼントの木』なのね」
 納得して、見開いた瞳で見上げてくる。
「…で、男が女へのプレゼントを、あの木に吊すってことは、な」
「なあに?」
「プロポーズって意味らしいぜ」
「まあっ!」
 大きな瞳をもっと大きくして。
 それは嬉しげに楽しげに。
 溢れる笑顔を向ける。
「なんだかロマンチックだわ」
 と言うものだから。
「ああ…そうだな」
 と言ってアリオスも微笑む。
 あのカップルの姿は、広場の門の向こうに消えて。
 心地よい風が一つ吹いた。
 
「うふっ! きっと受け取って貰えるわよね」
「ま、あの調子なら大丈夫だろ?」
 と言って手を振る。
「しかし、まあ、お前と来たら、何処でも人の恋路に首を突っ込む
 奴だな」
 以前、運命の片棒を担がされたことを思い出して、アリオスは
肩をすくめる。
「なっ!」
 アンジェリークは、少し怒ったように眉を釣り上げ
「でも…人が幸せそうにしてるのって、嬉しくなるもの…」
 と、今度はしゅんとして俯きかける。
「クッ…。別に悪いとは言ってねぇだろ?」
 コツン。アンジェリークの額を小さく小突く。
「ま、過ぎるおせっかいは問題だが、お前の性分だから仕方ねぇよな」
「う…うん、ありがとう」
 小突いた額を撫でながら、照れた笑いを浮かべる。

 話しを聞いてみれば、アンジェリークらしいと言えばアンジェ
リークらしくて、それはそれで楽しめたのだが。
 だからと言って見過ごすことも出来ないわけで。
「…けど、アンジェ」
 覗き込んだアリオスの、漂わし始めた空気を、アンジェリークは
まだ気が付かない。
「え、なあに。アリオス?」
「俺、言ったよな」
「?」
 おあつらえ向きに、アンジェリークは花壇の柵を背にしていて。
 身を寄せるだけで、簡単に逃げ場が無くなるのを瞬時に計算して、
アリオスはずいっとアンジェリークに迫る。
「ア、アリオス?」
「他の男に触らせるなって」
 同時にアンジェリークの両手を取って。
「ア、アリオスッ! なっ、そ、それはっ」
「お前の性格から言ったら仕方ねぇんだろうけど、俺としちゃ面白く
ねぇんだけど、なぁ」
 そう言って、顔を上げさせ覗き込む。――それこそ額が触れ合う
くらいに。
「ちょ、ちょっと! ねっ、ア、アリオスッ」
「悪いと思うなら黙って目閉じろ」
「こ、こんなところで〜〜〜〜〜!」
 首をすくめて固まるアンジェリークに。
 我ながら甘いなぁ…とは思ったけど。
 折角なのに、泣かれてしまうのはつまらないので。
 アリオスは、その華奢な首元に揺れるハートのペンダントに唇を
寄せた。
「ア、アリオスぅ〜〜〜」
「これで許してやってんだ。黙ってろ」
「! しゃ、喋らないで〜〜〜」
 真っ赤になって硬直して、羞恥に息を詰めながら、もうひたすら
じっとしているアンジェリーク。
 アリオスがハートを離した時には、もう全身から力が抜けて、
しゃがみかけるところをアリオスが支える。
「言っとくが、次は無いぜ」
「つ…次って」
 息絶え絶えのアンジェリークを、ふふんと鼻で笑って覗き込む。
「…ま、俺としちゃ、それはそれで楽しみだけどな」
「っ!」
「ほら。呆けてねぇで、そろそろ行くぞ」
 手を出したアリオスに。
「……もうっ。アリオスの意地悪」
 とアンジェリークが腕を絡めた。
 
 
 後日。
 その日は天使の広場のみアルカディアの他地域より5度ほど気温
が高かった――という記録が王立研究院に報告された。
 ラ・ガの影響による異常気象かと懸念されたが、
「いや〜、妙に暑かったけど、なんだか浮き浮きとしたいい気分
だった」
 と、その場に居た人々に証言されたので、問題なし、と処理され
たのだった――。

<Fin> 





あははは〜〜。やっちゃいました(苦笑)
噴水のバカップルには、ちゃんとモデルがあります。
(分かる人には分かる、あの風使いと雷娘です〜。いや〜、久しぶりに君たちが書けて
楽しかったよ〜〜〜)
しかし、軽〜い短編のつもりで書いたのに、妙に長くなってしまった。
ほんとーに、短編もパラレルも書けない人間だと、再認識しちゃいました。

久路 知紅


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