噴水の彼

1



 日の曜日。
 アリオスとアンジェリークは、天使の広場にやって来ていた。

 当初は避けていたこの場所も、今はもう躊躇はない。
 第一、果物や花に一々歓声をあげるアンジェリークは可愛くて、
そんな彼女を見逃すのも惜しくて、そうなると開き直ってこの場を
楽しむ心境になっていた。

「わー。スパイスが一杯あるわ」
「珍しい果物ね。どんな味がするのかしら?」
「うふふ。綺麗なお花!」
 などと、はしゃいだ声を心地よく聴いていたが、ふと気が付くと、
アンジェリークがじっと噴水の向こうを見つめていた。
「どうした? そんなに噴水のほうばかり見て…。
 あっちにいい男でもいたか?」
 元々の性格の悪さで、ついついからかってしまうアリオスだが、
別に本気で言ったわけでは無かった――のだが。
「あ…うん……そうね。そう言えば、確かにかっこいい人ね」
 アンジェリークが言った。

「……………」
 瞬時に、天使の広場の気温を2〜3度下げる、ひんやりした空気が
アリオスから立ち昇る。
 眉間に深い縦じわを刻んで、鋭い視線をアンジェリークに当てる。
「お前って、ほんっと無神経なんだな」
 低く冷たい声で言い放ち、くるりとアンジェリークに背を向けた。
「え? え、え、え?? ア、アリオス??」
 流石に、アリオスの『ご機嫌斜め』に気が付いたアンジェリークが、
慌てて手を伸ばしてアリオスの腕を取る。
 絡められた腕を振り払うことはしないまでも、
「なんだよ…いい男見てりゃいいだろ?」
 ぷいっと横を向いてうそぶく。
「え? なに、それ??」
 何度も首を傾げて考えている。
 そんなアンジェリークの様子や、なにより絡められた腕に当たる
柔らかな胸に、アリオスの不機嫌も僅かに溶けかけて。
 そこで、ようやくアンジェリークは「あっ」と声をあげた。
「ち、違うのよ、アリオス。そうじゃないの。えっと、あの人、
 私、知ってる人なの」
「知り合い?」
 アンジェリークに向き直る。
「うん、そう。この間、ここで知りあったの」
 改めてアリオスは、噴水の向こうの男に視線を向けた。
 
 年はまだ若い。せいぜい二十位。(アンジェリークと釣り合うのが
腹立たしい)
 かなり背が高い。
 若さのせいでまだ線が細いが、年令の割にゆったりと落ち着いた
様子で立っている。
 髪も瞳も緑色で――それは翡翠を思わせるアリオスの左目とは
違って、例えて言うなら北国の春に萌えだす若葉のような、澄んだ
緑だった。
 豊かな髪をかきあげた拍子に見えた横顔は、思わず息を飲むほど
端正だ。
 しかし、印象としては、額や眉が漂わす秀麗さが際立ち、そのくせ
瞳に宿る光は穏やかで柔らかく、そうしてどこか茶目っ気も含んでいる。
 
「……………」
 アリオスにしても、様々な男達を見てきたが、こんな印象の男は
初めてで、言葉を失って、アンジェリークを見た。
「だれだ?」
「えっ…あっ。お名前聞いていなかったわ」
「……それって知り合いって言うのか?」
 再びアリオスの眉が険しくなりかける。
 今だって多くの男達に囲まれているアンジェリークなのに、これ
以上、男の知り合いなど作って欲しくない。
「うん。えっとね、この間のことなんだけど」
 そう言いながら、アンジェリークはアリオスの腕を取ったままで
歩く。
「ここで知りあったの」
 そうして、天使の広場の一角にある、見事な花壇を持つ家の前に
足を運んだ。

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