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「へぇー。こりゃ、すげぇな…」 幾つかの前菜にオニオンスープにシーフードサラダ。
こんがり焼いたチキンに添えられた温野菜。
アリオスの好物のラムシチューに、アリオスが教えたトマトスパゲッティ。
アルカディアの街から取り寄せたワインも並んでいる。
多少肉が焦げていても、少々形が歪でも、間違いなくアンジェ
リークの心のこもった『ご馳走』が並んでいた。
「ちょっと失敗もしたんだけど…」 アンジェリークが照れて鼻の頭を掻いているが、それさえも
ご馳走の一部だ。
「ワインぐらいは俺が開けるぜ?」
「うん。あっ、ちょっと待っててね」 そこで何故かアンジェリークはパタパタと二階に走る。
何しているのだと訝しんだが、戻ってきたアンジェリークに、
アリオスは目を見開いた。
ピンクのふわっとしたワンピースに、同色のリボンを両耳の脇に
つけ、同じくピンクのルージュをつけている。
「せっかくだもの。ちょっぴりおしゃれ」 ふふっと目を細めるアンジェリークに、アリオスは無言で手を
伸ばす。
「アリオス!?」
「俺へのプレゼントだろ?」
リボンを突っついてアリオスが笑う。
「ち、ちがーう! プレゼントはあそこに…」 身をよじってキッチンに視線を走らすアンジェリークを、更に
抱き寄せ顎を上げさせる。
「こっちも摘まませろよ」
そう言うと、アリオスは盛り上がり過ぎないように気をつけつつ、
キスを贈った。
「もう…アリオスったら……」
文句を言いつつアンジェリークは、リボンのかかった紙袋を指し
だす。
「はい、アリオス。プレゼント!」
「サンキュ。開けていいか?」
「うん!」
ごそごそと紙袋を開けるアリオスの手元を眺めつつ、アンジェ
リークは、気に入ってくれればいいんだけど…と呟いた。
「!…」
黒に近い濃い紺色をしたマフラー。
シンプルなだけに、一目で手編みと分かった。
「えっと…どうかな?」
「…お前が編んだのか?」
「うん、そう。模様も入れれなかったし、ちょっと形が歪んじゃっ
たんだけど…」
「…………」
それがなんだというのだろう。
「…サンキュ、アンジェ。凄く嬉しい」
頬にキスをしながら、アリオスはそう囁いた。
「じゃ、俺もな」
アリオスはそういうと、白い箱をアンジェリークに渡した。
なんだろう、と箱を開けたアンジェリークの瞳が大きく見開かれ、
アリオスを見返す。アリオスが小さく笑っている。
「ア、アリオス。これ!」
箱に入っていたのは、小さなカゴに入った花の鉢植え。だけど、
その花は――。
「覚えていたか?」
白い花弁に薄い緑の細い茎と広い葉。 かつてアリオスと共に、男の子に頼まれて洞窟の奥に取りに
行った、あの花だった。
「アリオス…。わざわざ取ってきてくれたの?」
「ああ。ちゃんとレイチェルと向こうの女王にも断っておいた」
そう言うと、アリオスは花に視線を落とした。
「俺、あの時言ったよな。花なんかどれも同じだ。そのへんに咲い
ているのを適当にまとめて渡しておけって」
「うん…」
「でも、違うんだな。
俺はどうしても、お前にこの花を贈ってやりたかった」
「………」
「今ごろになって、あのガキの気持ちが分かった」
花のカゴを持つアンジェリークの手に、ぽたりと涙がこぼれ落ちる。
「おい、泣くなよ」
「…ご、ごめん……」
慌てて涙を拭うアンジェリークに、アリオスは一つ笑みを浮かる。
「で、この花な。おまけがあるんだ」
「おまけ?」
「そう。ま、もうちょっと待てよ」
「う、うん…」
不思議そうに首を傾げるアンジェリークに、
「さ、折角のご馳走が冷めちまうから、メシにしようぜ」
とアリオスが言った。
食事の後、軽く酒を飲みながら、たわい無い話しを続けていた。
(アンジェリークの立場から、酒に慣れていたほうがいいだろう
と、アリオスは、少しづつアンジェリークに酒の飲み方を教えていた)
BGMにクリスマスソング。
「割といい曲だな」
アリオスが言うと、目元を赤くしたアンジェリークがにこっと笑う。
「えへっ、そう思う?」
「ああ…」
聖なる日を祝う曲。
形は違えど、込める想いは一つなのかもしれない。
それに乗っかった虚飾は嫌悪しても、その想いまで否定する必要
はなかったのだ。
「アンジェ、踊らないか?」
「えっ!?」
アンジェリークがそれは驚いた目を向けたが、頬を染め、差し出
された大きな手を取った。
踊るというより、手を取りあって曲に合わせて身体を揺らす。
ポツリ、とアンジェリークが言った。
「アリオスと踊るの、初めてだね」
「…そうだな……」
「ありがとう。すごく嬉しい」
恥ずかしそうに、アリオスの胸に顔を埋めてアンジェリークが言う。
「俺の方こそだ、アンジェ。こんな嬉しくって楽しいパーティは、
俺は初めてだ。サンキュ、アンジェ。」
腕に収まったアンジェリークの髪を撫でながら、アリオスも言う。
「アリオス…」
どちらからともなく唇が重なる。
優しく深く、そして熱い口づけ。
二人で飾ったクリスマスツリーが、キャンドルに照らされ輝いて
いた。
ようやく唇を離し、アリオスはアンジェリークの耳朶に囁く。
「俺に、もう一つ、プレゼントをくれよ」
「…ん」
アルコールのせいだけでなく頬を染めたアンジェリークが、それ
でも頷いた。
アンジェリークを抱き上げてから、ふとアリオスは気がつき、花
カゴを持って、アンジェリークに見せないようにしながら寝室へと
上がった。
「アンジェ、目、閉じてろよ」
ベットの前で、アンジェリークの火照った顔を覗き込んでアリオスが
言う。
「え?」
「いいから。おまけ、見せてやるから」
「あ、うん」
目を閉じたアンジェリークをベットに座らせ、その手にカゴを
握らす。
「もう開けていいぞ」
アリオスの声でアンジェリークが目を開ける。
「あっ!」
白い花が、薄く微かに光っていた。
「夜になると発光する花らしいぜ、これ」
「す、すごい…」
目の高さまでカゴを持ち上げ、花に見入るアンジェリークの横顔は、
その花よりも美しい。
すっと、アリオスはアンジェリークの隣に座ると、抱き寄せリボンの
端を口にくわえる。
「ア、アリオス!?」
「ゆっくり見てていいぞ」
ククッと咽の奥で笑いながら、リボンを解かす。
「俺もゆっくり中身を確かめさせて貰うから」
「ア、アリオスったらーー」 身をよじろうとしても身動きできず、手で制そうにも花カゴで
塞がっていて、結果、アンジェリークはアリオスの成すがまま。
その夜の、特別な日の特別なアンジェリークを堪能するアリオス
を、薄く光る白い花が、密やかに見守っていた――。
<Fin>
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