クリスマスパーティ

1



「ねえ、アリオス。クリスマスのプレゼント、何がいい?」

 にっこりと、それは素晴らしいアンジェリークの微笑みに、一瞬
アリオスは見とれ、はっとして、問い返した。
「クリスマスって、お前、あのバカ騒ぎをここでもやってんのか?」

 『あのバカ騒ぎ』
 
 二人が一緒に旅した時のこと。
 滞在した宿での『クリスマスパーティ』なるものに付きあわされ、
大変な目に遭ってしまったのを思い出したアリオスが眉をひそめる。
「あ、ち、違うの。今度のクリスマスイブは、アリオスと二人で
 過ごしたいの」
 アンジェリークが、目を見開き、慌てたように、手と頭と同時に
フルフルと振る。その様子が可愛らしくて、どうしたってアリオスの
目も和む。
「で、なんだって?」
「だから、クリスマスプレゼント。折角だもの、アリオスが欲しい
 ものをプレゼントしたいの。アリオス、何か欲しいものない?」
「お前」
 アリオスは簡潔かつ真実を言ったのだが、
「んもーー。そうじゃなくって! 特別な日の特別なモノよ!」
 と、アンジェリークはプクッと小さく膨れる。
「そんじゃ、特別な日の特別なお前をくれよ」
 『特別な日』を口実に、あんなことやこんなことを、やらせても
らえれば嬉しいのだが、とアリオスは実に正直な希望を胸に呟くが
「もーーー! アリオス、真面目に答えてよ!!」
「…………」
 ――どうしてこいつは、いつまで経ってもこうなんだ?
 身体を重ねて久しいのに、一緒に住むようになっているのに、
アンジェリークの鈍感・天然・無防備・大ボケ四重苦は、相変わらず
健在だ。
「そんじゃ、お前が欲しいものはなんだ?」
 内心大きく溜息をつきつつ、アンジェリークに問い掛ける。
「え? 私は毎朝貰っているもの。これ以上はいらないわ」
「あ?」 
「だって…、朝起きたら隣にアリオスがいるもの」
「………」
 含羞んで少し頬を染めつつも、青緑の瞳を向けて微笑みかける。
 無自覚の過激な殺し文句をサラリと口にするアンジェリークに、
いつもアリオスは心臓を鷲掴みにされる。
 すっとアンジェリークに腕を伸ばす。
「…俺としちゃ、『朝の前』もお前に悦んで貰いてぇけどな」
「え? ええ?? ア、アリオス!?」
 今ごろ焦っても、もはやアリオスの空気は変ってしまった。
「ん〜〜っ!」
 未だ抵抗するアンジェリークを、アリオスは強引に腕に閉じ込め
深い口づけ――始まりの合図――を施す。
「ふぅ、ん…。もう…アリオスったら……」
 大きく息を継ぎながら、小さく甘く抗議しつつもアンジェリークは
アリオスの胸に身を寄せる。
「…クッ…」
 アリオスはアンジェリークの小さな身体を抱き上げた。
「ねぇ、それでアリオスは何がいいの?」
 ベットに横たえられつつも、やはりアンジェリークは諦めない。
「あ? そうだな…」
 さらっと栗色の髪を撫でて、一房指に絡める。
「それじゃ、リボンをかけたお前」
 やはり、アリオスの思考はそこからピクリとも動かないよう
だった――。
 
 
 大抵の日は、アリオスは執務が終わるころにアンジェリークを
迎えに行く。そのまま夕方の散歩をすることも多い。
 今日もいつものように宮殿へ向っていると、向こうから植木が
歩いてきた。
 正確には『植木を抱えたアンジェリーク』が歩いてきていたのだが、
植木鉢から生えた植木がアンジェリークを覆い隠し、まるで植木
そのものが、フラフラこちらに歩いているかのようだった。
「おい、アンジェ。お前、何してんだ?」
「あっ、アリオス。ふふっ、これ、凄いでしょう?」
 額を僅かに汗ばらせたままで、アンジェリークが笑って目で植木を
指し示す。
「ああ。お前の馬鹿力はすげぇよ」
「ちがーう! こっちの方よ」
 怒って口をとがらせた途端に、アンジェリークがふらついた。
「おいおい、だから、何だってこんなものを持ってるんだ?」
 支えついでに、植木鉢を持ち上げながらアンジェリークを覗き込む。
「ツリーにしようと思って貰ってきたの」
「貰ってくるのはいいが、俺が行くまで待ってりゃいいだろ?」
「だって、早くアリオスに見せたかったんですもの」
 『早く』はいいが、こんなものを持って歩けば大して『早く』
もなかった筈で。
「えへっ。飾りも貰ってきたの。一緒に飾ろうねっ」
 何やら膨らんだ紙袋を両手に持って。
 余りに嬉しそうにアンジェリークが笑うから。
「…お前って、ホント、全然変わらねぇなぁ」
 口調はいつものものだけど、アリオスはスッと素早くその唇を
盗んだ。
 
 小さいながらも本物のモミの木。
 赤いリボンやヒイラギの造花、金銀のモールをグルッと回し、
綿をほぐして飾り立てる。
「お前、不器用だなぁ。リボンが歪んでるぞ」
「むぅ〜。アリオスの意地悪」
 相変わらずのやり取りを交わしつつも、『クリスマスツリー』
なるものを二人で作る。
「まぁ、こんな感じかな」
 特に凝ったわけでもないが、それでも、濃い緑に色とりどりに
飾られた植木一つで、部屋が明るく浮き立つ。
「うふふ」
 それは嬉しそうに微笑むアンジェリークの笑顔そのものが、なに
より輝いて見える。
「イブの日は半日お休みにしたの。ご馳走作るからね」
「そうか…。ま、期待してるぜ」
「うん!」
 笑って頷き、アンジェリークは夕食の仕度へとキッチンに消える。
アリオスは、片づけをしつつ、ふとツリーへと目を向けた。
 
 クリスマス自体は無かったが、似たような行事なら故郷の宇宙に
もあった。
 宮殿中を、もっと豪奢で派手に飾り立て、見た目だけの味気ない
料理を並べ、無数のキャンドルを灯し、夜を通して踊り明かす。
 そんな空しくも心寒い宮廷行事。
 皇族の名の元、自分自身も飾り立てられ、無理やり参列させられ
ては、好奇と猜疑と誘惑の目に晒されていた――。
 
 ついっと、今飾ったばかりのツリーを撫でる。
 クリスマスイブの夜を待つ自分に気づき、アリオスは小さな笑み
を浮かべた。
 




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