「ねえ、そこのお二人さん」
未だ不毛な闘いを続けている二人に声をかける。
「なんだ?」
「なに? レイチェル」
アリオスとアルフォンシアが同時に振り向く。
その仕草が妙に可笑しくて、レイチェルは吹き出しそうになるのを
必死で堪えた。
そうして、この二人を大人しくさせるための奥の手をぶちまけた。
「ねえ、アンジェリークの義理チョコって誰が貰うと思う?」
「あ?」
「え?」
相変わらず、揃って目を見張るアリオスとアルフォンシア。
「義理チョコって言ったらなんだけど、日頃お世話になってる挨拶の
代わりに女性陣で手作りチョコ作って、聖地の男性みなさんに渡す
つもりなんだ」
にこにこにこ。
レイチェルがにこやかに笑う。
「で、折角だから、担当決めて一人づつ手渡そうって話しになってね。
あ、もちろん、アリオスとアルフォンシアのも用意してるよ。
だから、当日は聖地にいてね」
「お、俺?」
意外な話しの成り行きに、珍しくアリオスが戸惑い声をあげる。
「俺は別に何の世話もしてねぇぜ。ここに勤めてる人間って訳でも
ねぇし…」
「あらっ、そんなことないですよ」
と、これは側にいた聖地に勤める一人の女性。
「アリオスがここに来てくれてから、陛下、とっても生き生きして、
毎日楽しそうですもの。これからも陛下をよろしくって気持ち、
表したいんです」
「あ…そりゃ、どうも」
こんな風に言われてしまうと、アリオスとしても強いて拒む訳にも
いかない。
それがアンジェリークを慕う気持ちの現われなだけに、嬉しくも
ある。
だけど――――。
ちらりとアルフォンシアを見ると、彼も困ったような憮然とした
表情でこちらを見ていた。
「…なんだよ、アルフォンシア」
「いいの? アリオス。アンジェリークが他の人にチョコあげて」
「……………」
「…アンジェリークがアリオス以外の人にチョコあげるのって……
なんだかな〜〜〜〜〜〜」
「……………」 「そりゃ、日頃の挨拶なんだろうけど……やっぱり、ちょっと
ひっかかるなぁ」
「……………そう、だな」
あまりにアルフォンシアが素直に言うものだから。
つい、アリオスも本音を漏らしてしまう。
「あっ、ねえ。アンジェリークの義理チョコ、アリオスが貰えるように
したら?」
「あ? それは拙いだろ。女王として渡すチョコだし…。
いっそ、おまえが貰えばいいんじゃねぇか?」
「それはそれで露骨っぽい気がするんだけど…」
「ま…確かに」
「いっそ、アンジェリーク、レイチェルに渡さないかな、そのチョコ。
一番お世話になってると思うんだけど」
「ああ、それはまさしくそうだな」
「さ〜ってと、静かになったから、続きをしちゃおう」
ポンポンと、軽く手を叩きながら、レイチェルが厨房の奥へと
戻ってくる。
「…流石ですね、レイチェル」
「これからチョコに文字を搾り出すつもりだったから、助かります〜」
口々にレイチェルの手腕を誉めるのを、軽く手を振ってレイチェ
ルは受け流し、奥のアンジェリークの元に近づく。
「あ、レイチェル。これでどうかな?」
レイチェルに気が付き、アンジェリークが今飾り付けていたチョコ
を示す。
「あ…うん、いいんじゃないの?」
「チョコの搾り出しって難しいね。あんまり上手く出来なくて…」
「大丈夫だって。みなさん、アナタからのチョコって言うだけで、
感激して下さるって」
廊下の二人は気が付いてない。
アンジェリークが渡す義理チョコは、この聖地の男性だけではない
のだ。
レイチェルと一緒に心を込めて作っているチョコレート。
故郷の宇宙にいる、お世話になった方々――。
守護聖をはじめとして、女王試験でお世話になった人々へ。
「多少型くずれしても、ちゃんとワタシがフォローするから」
「うん。ありがとう、レイチェル」
嬉しそうに溢れるアンジェリークの笑顔。
その笑顔に一瞬見とれて、そうしてレイチェルは思う。
――よかったね、アンジェ。バレンタインが出来て…。
そう。
去年まで、アンジェリークはバレンタインはしなかったのだ。
皆の様子をニコニコと笑って見守っていたけど。
自分自身はチョコ作りはもちろんのこと、義理チョコ配りでさえ
参加しなかった。――いちばん渡したい人に渡せないから。
――感謝してるよ、アリオス。アンジェにバレンタインを返して
くれて。
ちらっと、廊下のアリオスに目をやって。
――だから、これは許してね。その代わり…。 「あとのことはワタシにまかせて、アナタはバレンタインに専念
してね?」
故郷の守護聖方をはじめ、その他の人々にチョコを贈ったことが
アリオスに知れて、もしも(?)アリオスの理性が切れても、アン
ジェリークのスケジュール調整はばっちりである。
「だから、当日に向けて気力体力充実させておきなさいよ」
「えっ?」
アンジェリークは、バレンタインに、そんなに気力体力を使うもの
なのかと首を傾げたが、ふと、まだ廊下にアルフォンシアと話している
アリオスに目を向けると
「そうね…。
好きな人にチョコレートあげるのって、勇気がいるから…」
などと言って、うっすらと頬を染めた。
「…………ま、そういうこと」
レイチェルは、アンジェリークを手伝ってチョコレートを湯煎に
かけながら、アンジェリークのスケジュール、あと三日ほど多めに
開けておこう、などと考えるのだった――。
<Fin>
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