チョコの行方

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 冬のある日の午後のお茶の時間。
 いつものように執務室へと向おうとしたアリオスだが、厨房の方
から聞える妙に賑やかな喧騒に気が付いた。
 女性達の賑やかな声。その中に、アンジェリークの声も混じっている。
 一体、何してるんだ? と足を向けた。
 
「きゃっ! 熱い」
「あ、陛下! ダメですよ。すぐに冷やさなきゃ」
「あ、ありがとう………あ、でも、今は陛下じゃないの〜」
「あはは。そうでしたね、アンジェ」

 厨房の中にはこの聖地に勤める女性陣全員――といっても十人
ほどだが――が集まって、何やら料理をしているらしい。
 女性が十人も集まれば『騒がしい』より『姦しい』ではあるが、
それでも、アリオスはその光景が好ましく見えた。

 高く結った髪に、重そうなくらいのキラキラした飾り。
 締め過ぎたウエストと広く抉った胸元。
 刺繍やレースや、指輪にネックレスに耳環にと、これでもかという
くらい宝石をつけて。
 羽根をつけた扇で赤い口元を隠しつつ、自己顕示と他人のあら探しに
勤しむ女達――。
 
 今、ここにいる女性達は、髪もきっちりと結わえ、エプロン姿で
笑いながら、忙しく手を動かしている。その表情はとても楽しそうで、
生き生きとして、かつて囲まれていた宮廷美女達には感じなかった、
女性の華やかさを感じる。
 そうして、アンジェリーク。
 栗色の髪は二つに分け、きっちりとした三つ編み。
 ブラウスの袖を折り、薄いピンクのエプロン。
 なにかドジをして、慌てて水で冷やしている。
 
 さっきの会話から、今この厨房では、聖地での肩書きはオフされて
いるのだろう。
 ただの年ごろの少女に戻ったアンジェリークは、いつもより浮き
浮きとした表情をして、そうして輝くような笑顔が溢れている。
 そんなアンジェリークに、アリオスは自然と口元を綻ばせて、
目を細めた。
 
「おい…何してんだ?」
 いつまでもここで眺めている訳にもいかずに、声をかける。
「あ〜、アリオス。ダメダメ、今はここは男子禁制」
 黄金の髪を、一つにまとめて三つ編みしたレイチェルが、振り
返って押し留めるように手を振る。
「んなコワイところ、入れるか」
 レイチェルの後ろから、アンジェリークがひょこりと顔を覗かす。
「あ…もうこんな時間なんだ…。ごめんね、アリオス。お茶の時間、
もうちょっと後でいい?」
「あ? なんか忙しそうだし、今日はお茶しなくても…」
 アリオスの目的は『お茶』ではなく、ともすれば執務に没頭しすぎる
女王と補佐官の強制息抜きだ。
 だから、今日は必要ないだろう…と思ったのだが。
「えっ! でも、あの…ついでと言っちゃなんだけど、クッキーも
焼いているの。せっかくだし、食べて欲しいな……」
 どうやらアンジェリークは誤解したみたいで、アリオスの機嫌を
取るかのように、小首を傾げて『お願い』している。
「ほう…そりゃ、久しぶりだな」
 クッとアリオスの咽の奥から笑いが浮ぶ。
「それじゃ、その辺りで時間つぶしてるから、仕度が出来たら呼べよ」
「うん!」
 アリオスの答えに、嬉しそうにアンジェリークが笑った。
 
「ほら、アンジェ。固まっちゃうよ」
 レイチェルがかけた声に、慌ててアンジェリークが
「あっ! それじゃ、アリオス、後でね」
 と、忙しそうに厨房の奥へと入ってしまったので、アリオスは最初の
質問の答えを貰えないままとなった。
「…で、こいつら、一体何してんだ?」
 と呟いた時、
「バレンタインの準備だよ」
 いつの間にか、隣に姿を現したアルフォンシアが答えた。
 
「バレンタイン?」
「うん。アンジェリーク達の故郷の宇宙にあるイベントだけどね」
 少年姿のアルフォンシアがニコリと笑う。
「2月14日は女の人が好きな男性にチョコレートを贈って、
 『愛の告白』をする日なんだってさ」
「はあ? 女が男にチョコをあげて、それで告白か?」
「そう」
 アルフォンシアは可笑しそうにクスクス笑うと
「アリオス。今、『あんな甘いモノ食わされるのか』って思った
 でしょ?」
「…………」
 図星を指されてアリオスは沈黙する。
「どっちかと言うと、逆の方がいいんじゃねぇか?」
「逆?」
「チョコレートを使うなら、男が女を口説く時に使った方が効率
 よさそうに思うけどな」
「ふふ〜ん。で、チョコでアンジェリークを口説いたの?」
「…あいつの場合、チョコじゃなくても餌付けされるから、
 苦労するんじゃねぇか」
 アリオスの憮然とした答えにアルフォンシアがアハハと吹き出した。
 
 ――仲、いいなぁ…。
 厨房の入り口で、なにやら話しているアリオスとアルフォンシアの
姿に、アンジェリークは口元に笑みが浮ぶ。
 アンジェリークにとって、とても大切な存在だから。
 この二人(一人と一聖獣)が仲がいいのはとても嬉しい。
「あの二人、結構、仲いいね」
 アンジェリークの気持ちを読んだようにレイチェルが囁く。
「うん」
 と、アンジェリークが笑顔で頷いた。
「でも、陛下…じゃなくってアンジェも大変ですね」
 女性の一人が声をかける。
「え? どうして?」
「だって、本命チョコ、二つ作らなきゃいけないじゃないですか」
 一つでも大変なのに、とその女性は笑ったのだけど、その言葉は
廊下に居た、アリオスとアルフォンシアの耳に入った。
 

 
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