赤、青、緑の光が煌めく下で、葉月は愛を、『姫』を抱きしめて
いた。
自分の胸に顔を埋めている、愛の淡い色をした髪の上で、色とり
どりの光が踊っている。
今までだって、手を繋いだことも、抱きしめたことも、キスした
こともあるのだけど――。
ようやく、本当にようやく愛をこの腕に抱きしめているのだと、
葉月は思った。
約束が果たせたのだと。
迎えに来れたのだと――。
「…なあ、愛」
背中に回した手で髪を撫でながら小さく言うと
「なあに? 珪くん…」
腕の中から、愛が顔を上げて見上げてくる。
「愛はいつ思い出したんだ? 俺のこと」
ずっと、ずっと問いたかった事。
気になって、でも気にしないようにと思って、それでもやっぱり
心を占めて来た問いを、葉月はようやく口にした。
「ずっと憶えてたよ、ここで遊んでくれた『ケーちゃん』のことは
…」
「そうなのか?」
さっきの愛の言葉から、忘れきってしまったわけでは無いことは
分かったけれど。
「そんな風には、見えなかったけど…」
愛が、少しでも憶えてくれている素振りを示してくれれば、ここ
まで回り道はしなかったと思うのだが。
葉月の言葉に、愛は少し考え込む瞳をして、
「……珪くん、笑わない?」
「?」
「わたし、ずっと、『ケーちゃん』って、外国人だと思ってたの
…」
「お、おまえ…」
意外すぎる答えに絶句する葉月に、愛は顔を真っ赤にして、
「だ、だって! 珪くん、小さい頃って、もっともっと金髪だった
し、目だってもっと緑だったじゃない」
それはそうだった。
子供の頃の葉月は外国人と思われても不思議でないくらい、明る
い髪と瞳をしていた。
年と共に髪も瞳も色濃くなっていったのだが。
「それにっ。珪くんだっていけないんだよ。『外国に行くんだ』っ
て、『お父さんの国に行くんだ』って言うんだもん。だから、てっ
きり、外国人だって思い込んじゃったのよ」
「……………」
「……だから、いつか探しに行こうって、英語は頑張ってたんだ
よ」
思い当たる。
愛の英語の成績は一年の頃から抜群だった。
だけど。
「おまえ…、俺があの時行ったのはドイツだぞ?」
「そんなこと! 子供には分からないよぅ」
クツクツクツ。
可笑しくて。楽しくて。
「ハハッ。おまえ、可笑しい」
心の底から笑いながら、葉月はもう一度、愛をぎゅっと抱きしめ
た。
「もぅ。だから笑わないでって言ったのに…」
愛が真っ赤な顔を隠すように、葉月の胸に顔を埋めた。
「珪くんのこと、好きになっちゃって、でも、ケーちゃんがいるの
にって悩んでたこともあったの」
「………それじゃ、何時、俺がケーだって分かったんだ?」
葉月の問いは最初に戻る。
「それは……少しずつ…かな?」
愛の瞳が見上げられる。まるで、この三年間の軌跡を思い浮かべ
るかのように。
「ときどき、あれって思うことがあって、でもそれは、わたしが珪
くんを好きになっちゃったから、都合よく考えているんじゃない
かって思い直したり。だけど…」
「…だけど?」
「去年の冬、観覧車が止まっちゃった時があったでしょう?」
「ああ…」
「『お話してやる』って言ってくれた珪くんの顔を見て…やっぱり
そうだったんだって思ったの」
「あの時に…?」
「うん…。あの時の珪くんの顔、絵本を持って来て、読んでやるっ
て言ってくれたケーちゃんと、同じだった」
「愛……」
回り道なんかじゃなかった。
自分と愛に確かに存在するこの三年間。
自分は今の愛が好きなのだ。
「ごめんね、ここで待つことが出来なくて。でも、ずっと、ずっと
待ってた。ケーちゃんに会いたかった」
「…ばか。謝るなよ、そんなこと」
堪えきれなくて、腕に力を込める。
華奢な小さな、でも温かな『愛』を確かめたくて。
リンゴーン――。
「あ…」
鐘の音に、愛が顔を上げた。
葉月も同じく見上げる。
そうして顔を見合わせて。
「同じ、だな」
「うん…」
ずっとずっと以前の想い出と。
この三年間の想い出と。
そうしてこれから作る想い出と。
「なぁ、愛…」
葉月の呼びかけに
「なあに、珪くん?」
と、目を上げて愛が微笑む。
葉月はついっと愛の手を取り、左手の薬指にある、今贈ったばか
りのクローバーを模った指輪をなぞる。
「…おまえ、この鐘の音。いつかもう一度、俺と一緒に聴いてくれ
るか?」
鳴り響く鐘の中で、含羞んで顔を赤くしながら、
「…はい」
と、愛が頷いた――――。
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