「おい! いいかげんにしろよ」
「なにがだよ!」
とある夕方。
新宇宙聖地女王執務室は、大喧騒の中にあった。
アリオスと彼の腕に抱き抱えられたアンジェリークが、突然姿を
現したのは、午後のお茶の時間。
レイチェルとお茶を楽しんでいたアルフォンシアだが、アリオスの
姿を認めた途端、真っ青になってレイチェルの膝に逃げ込んだ。
「ほぉ〜。お前、いい度胸してるじゃねぇか」
アリオスの凄味のある一瞥に震え上がって、ぎゅう…と、
レイチェルの胸にしがみつく姿は聖獣というよりコアラだ。
「んなところにしがみついてないで、こっちに出てこい!」
「いやだよ! 言いたいことがあれば、そこで言えばいいじゃないか」
「言いたいことがあるんじゃねぇ。一発しばくんだ」
「打っ叩かれるの分かっているのに、のこのこ出ていくほど
おめでたくないよーだ」
ここが『絶対安全地帯』なので、アルフォンシアは大きく出ている。
他の場所ならともかくレイチェルの胸元。
引きずり出すために手を伸ばすことさえ、躊躇らわれる場所だ。
「…チッ。きさま…汚ねぇぞ」
呻くアリオス。
「ふふん」
勝者の笑みで、レイチェルの見事なバストに顔を埋めて、あっかんべと
舌を出すアルフォンシア。
膝にアルフォンシア、頭上にアリオス、の怒鳴り合いに挟まれた
レイチェルは。
「お帰り〜。早速だけどこっちは今日中にね」
と、アンジェリークに自分の前の書類を指差した。
「ねぇ、レイチェル」
膝の上から見上げてアルフォンシアが
「アンジェリークも疲れただろうし、もう今日は帰っても
いいんじゃない?」
と『親切な』提案をする。
もちろん、本音は『アンジェリークを餌に、さっさとアリオスを追い返そう』
だ。
「ん〜。そだね。んじゃアンジェ、それ仕上げたら今日はもういいよ」
「あ、うん…」
『それ』と言っても、束となっている書類。
丁寧で手を抜かないアンジェリークだ。夕方まではかかるだろう。
「う……。それは困るよ…」
いくら今は安全地帯にいると言っても、いつまでもこの『怒れる
銀の猛獣』から逃げ切れる自信はない。
「だ、だったらさ、明日からアンジェリークはお休みにしたらどう?
どうせもうちょっとで休暇にするつもりだったんだし…」
なんとか夕方まで逃げ回って、あとはアンジェリークに機嫌を直して
もらおうと目論んだ。
「あら、それはダメだよ。予定ってモンがあるし、そうそう簡単に
変えれないよ。アンジェの休暇は三週間後…で、いいよね?」
セリフの最後はアンジェリークに確認で。
「ええ、もちろんよ」
と、アンジェリークが頷く。
「……………」
超優秀補佐官レイチェル。
例えアルフォンシアにしがみつかれても、頭上からアリオスの怒号が
降ろうと、無関係らしい。
「…フン。残念だったな、アルフォンシア」
ニヤッと口の端を上げるアリオス。
その銀の髪の向こうから見据える異色の瞳に射ぬかれ、アルフォ
ンシアは身震いしてレイチェルにいっそうしがみついた。
「…………」
「…………」
サラサラとペンの走る音だけがする。
つい先ほどの大喧騒とは、打って変わった静寂。
だが、この難局をなんとか逃れようと苦渋するアルフォンシアと、
決して逃さないと鋭い視線のアリオスの、触れれば切れそうな
緊張が満ちている。
と。
「あ〜、そうだ、そうだった〜〜!」
レイチェルが声をあげる。
「え、なあに?」
「なになに?」
「なんだ?」
三人、六つの瞳の注目を浴びる中、
「あはっ、ワタシがお休み貰うの忘れてたわ。アンジェの後でもらうわね」
「ええ! もちろんよ、レイチェル。ゆっくり休んでね。
どこか旅行にでも行くの?」
「う〜ん、そうだね〜。この際だし、行っちゃおうかな」
「うふっ。今からならゆっくり予定が立てれるね。
…あ、でも。行き先が地質調査とか天体観測ってのはダメだからね」
「あっは。バレた?」
「そういうのはお休みじゃないもの」
「やだな〜、アレはアレでワタシの息抜きなんだけど〜」
「それは分かってるけど、やっぱりちゃんとお休みして欲しいもの。
…エルンストさんを誘っての『旅行』だったらいいけど?」
「おっと、そうくる? そんじゃエルを誘っちゃおうかな〜。
アルファ星系で興味深い磁場変動があるし、エルなら絶対飛んで来ると
思うし、アイツのスパコンなら解析が速いわ」
「だ〜か〜ら〜。そういうのはお休みじゃないの〜〜」
「………………………」
「………………………」
「あの…アリオス……。僕たち、お邪魔みだいだね」
「…みたいじゃなくて、あきらかに邪魔だ」
顔を見合わせ目配せしあって。
するっと、アルフォンシアはレイチェルの膝から降りる。
アリオスも肩をすくめて、ドアへと足を向ける。
すかさずレイチェルの声。
「あ、アルフォンシア。明日はアンジェと一緒に星の間に行ってね」
「え、あ、う、うん…」
「それとアリオス。お礼が遅れたけど、アンジェを無事に連れ帰って
きてくれて、ありがとう」
「あ…いや、礼を言われることじゃない…」
素直に『お礼』と取ってはいけない。
これは「明日もちゃんとお仕事があるから、今夜は程々にね」という
レイチェルの牽制なのだ。
肩でため息をついて、アリオスは合図してアルフォンシアと部屋
を出た。
女王執務室を出た途端、アリオスとアルフォンシアは、壁にもたれて
息をついた。
「はぁ〜〜。なんか、レイチェルってコワイよ〜〜」
「コワイじゃなくて、オソロシイだ」
本当に、全く、間違いなく。
新宇宙聖地において、レイチェルは最強だ。
はぁ〜、ともう一度ため息をついて。
アリオスは目の下にあるアルフォンシアの頭をコツンと小さく
こづいた。
「? なあに、アリオス?」
何かの合図かとアルフォンシアが見上げる。
「言ったろ。一発しばくと」
「え? これが??」
「ああ…。じゃぁな」
「?? どこ行くの?」
「気が済んだし、気が抜けたから、中庭ででも昼寝する」
「…僕も一緒に行っていい? なんとなく、僕も気が抜けちゃっ
て…」
「別に。構わないぜ」
そうして女王の恋人と半身は仲良く連れ立って宮殿を後にした。
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