日の曜日、日向の丘でデートして、あっと言う間に夕暮れ時。
階段に向うアリオスの背中を眺めて、
――まだ帰りたくないないな…。
と、そこで、アンジェリークは、はっと気がついた。
今日は日の曜日だけど、夕食の後でちょっとした報告がある、
と言われていた。
――もしかして、館の方で何方かとお会いしちゃうかも…。
アンジェリーク自身は、誰に見られてもいいのだけど、アリオ
スはまだ拘っている。
どうしよう…と立ち止まって考えていると、数段、階段を降り
かけていたアリオスが振り返った。
「何だよ、急に立ち止まったりして。トロトロすんな。置いてっ
ちまうぞ」
「えっと…」
『俺たちが会ってるなんて知れたら、どんなことになるかわかっ
たもんじゃねぇからな』
それが彼の気持ち。
その割に、こうやって一緒に出かけた時はちゃんと送ってくれ
るのだけど…。
――アリオスの事は秘密にしておくって約束したんだし…。
「えっと…あの…さ、先に行ってて…」
アンジェリークとしては、アリオスの気持ちを尊重したつもり
だった。
しかし、途端に彼の色違いの瞳が鋭く細められた。
「…俺と帰るところを見られたくないのか?」
「え…?」
思いもよらないアリオスの言葉に返す言葉もなく立ち尽くす。
それがアリオスの目には図星を指されて驚いたように見えた。
「お前の立場からすると、当然かもしれねぇが…そうあからさま
な態度に出られると、ムカつくぜ…」
アリオスの方は、アンジェリークの躊躇が女王であるためと取
り違えていた。
普段、意識しないだけに、こうやって女王の立場のゆえに距離
をおかれるのは溜まらない気分になる。
「なっ、何よ! アリオスが言ったんじゃない!!」
「私は誰に見られたって、誰に知られたって平気よ。悪いことな
んかしていない。私はアリオスが好きなんだからっ」
アリオスが好き。
だから会いに行っている。話しをしている。
「あなたと会うことを咎められるなら、どうしてもどちらかを選
べと言われたら、私はアリオスを、アリオスだけを選ぶわ」
自分の使命を忘れたわけじゃない。
この地を救えるのは自分だけ。
アルフォンシアの待つ宇宙も愛しい。
だけど――。
その選択を迫られたなら、アリオスを選ぶ自分がいる。
そうしてそれを恥じたことはない。
アリオスは自分の唯一人の人なのだから。
「…………」
アンジェリークは、眉をつりあげ、大きな瞳をもっと見開き睨
みつけ、響き渡る声で怒鳴り上げている。
言われた言葉の内容と、その表情のあまりのギャップに、アリ
オスは呆然と固まってしまった。
「私はアリオスが好き。ずっと一緒に居たい。そう思うことがい
けないことだなんて、思ったことないわ。誰かに知られてどんな
ことになったって、私は、あなたを――」
アリオスは階段を数段降りかけていて。
階段の上でアンジェリークが仁王立ちに立っていて。
時は夕刻。
海のすぐ側の日向の丘。
突然、強い風が海へと
階段の下から上へと吹き抜けた。
「きゃああああ!!」
悲鳴と共に、アンジェリークがスカートを押さえ、そのままぺ
たんと地面に座り込む。
「あ、あ、あ――みっ、み、見ちゃった!?」
頬から耳から額まで、真っ赤になってアンジェリークが見上げ
る。
「…………」
アンジェリークが問うのは、下着の事。
だが、アリオスの目に焼き付いたのはそれではなかった。
もちろん、白いレースにピンクのリボンのついた、花柄の下着
も目にしたが、アリオスの目に焼き付いたのは――
まるで陶器のような滑らかな、真っ白い曲線と、その中央にあ
る、小さな窪み――。
数段階段を下りかけていただけに、目線がいつもより低かった。
おかげで目の前で、見事に露になったアンジェリークの下腹と臍。
「…………」
視線を逸らし、手を握りしめて必死で頭から追い払おうとすれ
ばするほど、脳裏に甦るその白さとまろやかな曲線。
――だ、だめだ…。
「やだーーっ。み、見ちゃったのねっ!」
アンジェリークがオロオロと、半分涙交じりの声をあげる。そ
の可愛くも甘い声。
アリオスは思わずガシッと、階段の手すりを握りしめる。そう
しなければ、とてもじゃないが、耐えられなかった。
「…? ア、アリオス?」
黙り込んで向いたままのアリオスの様子に、今度はアンジェ
リークが不審がる。
「アリオス、どうしたの?」
「! 立つな、動くな、喋るな!」
慌ててアンジェリークを制する。その気配を感じるだけで、抑
えに抑えた衝動が突き上がる。
――クソッ。どうすりゃ、いいんだ!?
女性を外に連れ出したなら、遅くなったのなら家まで送る――こ
れはアリオスにとって絶対で。ましてや相手がアンジェリークな
らなおさらで。先に行くなどとんでもない。
――しかし、どうやって!?
階段の下。遊歩道はもう薄暗がり。人影もなく、木陰や茂みの
影が濃い。まさしく最高の――もしくは最悪のシチュエーション。
あの遊歩道を、アンジェリークと並んで歩くなど
――だめだ…絶対に無理だ!
もはやアリオスは、絶望的な気分に陥る。
「…ねぇ、アリオス。顔色悪いよ。大丈夫なの? なんなら、私
がアリオスを送るわよ?」
「ば、馬鹿野郎!!」
つい自分の口が滑ったせいで、アンジェリークを怒らせてしま
い、結果、階段なんかで立ち止まったために、突風に吹かれてし
まったわけで。
さらに、アンジェリークの天然大ボケなやりとりにしても、ア
リオスの好きなところで、つまりはこの、にっちもさっちも行か
ない状況は全て自分が招いたということで。
思わず、アリオスは己の不運を呪いたくなった――。
その夜、苦肉の策で窮地を脱して、精も根も尽き果てベットに
突っ伏したアリオスは、そこでようやく、アンジェリークのとん
でもない『告白』を思い出す。
――やっぱり、ああいう台詞は、もうちょっと色っぽく言って欲
しいぞ…。
そんなことになれば、絶体絶命の崖っぷちに立たされるのはア
リオス自身なのだけど。
『惚れた弱み』を実感しつつも、どこか心浮き立つ想いに満た
されて、アリオスは今日の眠りにつきはじめた――。
<Fin>
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