「珪くん、次なに乗ろうかー?」
上機嫌で園内の案内図を見ながら美衣が聞いてくる。
「おまえの好きなのでいい・・・。」
「いいの? すっごく怖いの選んじゃうかもよ? うーん、何にしようかなぁ?」
大きな目をキラキラと輝かせながらアトラクションを物色している美衣に珪は内心苦笑した。
彼女は本当に子供みたいだ。
今日は、美衣に誘われて遊園地へと来ている。
美衣は待ち合わせの段階からかなり浮き足立っていた。
楽しみでしようがない、といった感じで。
本来人の多い場所は苦手なのだが、こんな彼女の姿を見ていられるなら、と多少のことは我慢できるようになってきている自分に笑ってしまう。
思い出の中の少女は純粋なままに大きくなり、今自分の前にいる。
再会した当初は、自分を覚えていなかった彼女に軽い失望をし、そしてそれが変わってしまった自分のせいだと思って関わる事をすまいと思っていた。
けれど無関心を装おうとした事自体、意識していたという事だ。
真っ直ぐで一生懸命な美衣は、以前にも増して自分の中に入り込んできて、すでに心の大半を占める存在になってしまっている。
「あ、ねぇねぇ、あれ結構空いてるみたい。いいかな?」
くいくいと袖の裾を引っ張られ、見れば美衣はアトラクションのひとつを指差して自分を見上げている。
真っ直ぐに自分を見るその瞳に思わずどきりとしたが、それはいつもの如く感情があまり表に出ない表情に助けられ、気付かれることはなかったようだ。
とにかく平静を装って頷く。
「別に、いいけど・・・。」
「やった! じゃあ、行こう!」
心はすでにアトラクションの方に向かっているのか、裾を掴んでいた美衣の手がするりと離れていく。
その瞬間。
思わず珪はその手を掴もうとして、しかし寸でのところで止められた。
宙に浮いた手を持て余す珪の頬は微妙に赤い。
明らかに今、自分はこう思ったのだ。
” 手を繋ぎたい――― ”、と。
彼氏彼女という間柄なわけではなく、彼女が自分の事をどう思っているのかも分からない。
もしかしたら、こんな自分を放って置けなくて仕方なく付き合ってもらってるだけかもしれないのに。
そんな風に思うと気分が重くなって、ふぅと息を吐き出して珪は自分の手の平を見る。
その時、ふと遠き日の事を思い出した。
それはまだ幼かった頃。出会った二人はよくあの教会の周りで遊びまわっていたものだった。
――― けいくん! ほら、あの大きな木のしたにいっぱいクローバーがあるよ!
――― あ、美衣! はしったらこける・・・!
――― きゃう!
言おうとしたそばから美衣は何もない所でこけてしまう。慌てて珪が駆け寄って美衣の顔を覗き込むと、彼女は大きな目いっぱいに涙を溜め、泣き出すギリギリのところで止まっていた。
――― ほら、だからこけるっていっただろ。
――― うう〜、けいくん〜。
――― 足みせて。ケガは?
――― う〜・・・
幸い柔らかい草の上のおかげか、ひざ小僧が少し赤くなるぐらいで済んだようだ。
痛いの痛いの飛んでいけ、をしてやり、落ち着いたところで珪は手を貸して美衣を立たせると、その手を繋いだまま歩き出した。
――― けいくん?
――― 手、つないでたらこけないだろ?
――― ・・・うん!
「・・・・・・初めて、というわけじゃないんだな・・・。」
無邪気な頃の思い出。あの時の美衣の手は両親や祖父の手とは違って、小さくて柔らかくて、そして温かかった。
何故だろう、今でも鮮明に思い出せる。
「・・・珪くん? 手なんかずっと見てどうしたの?」
「!」
つい思い出にふけって立ち止っていたらしい。それに気付いて美衣は彼の元に戻って来ていた。
意外に近くに彼女の顔があって珪は内心で焦る。
「・・・悪い。なんでもない。」
「そう?」
「そう。ほらあれ乗るんだろ。行こう。」
「あ、うん!」
軽く背を押して促すと美衣はまたぱっと笑顔になり、アトラクションに向かって駆け出した。
それに慌てたのは珪の方だ。
「おい、走ったら・・・!」
「きゃあ!」
言い終わる前に美衣は平らなところでこけた。
なんだかあまりにも思った通りだな、なんてつい珪は思ってしまう。
「・・・・・・ドジ。」
「あはは・・・。ごめんなさい・・・。」
自分のドジさが恥ずかしくて俯く美衣に、笑いを堪えながら珪は手を差し出した。
「ほら、手・・・。」
「あ、ありがとう・・・。」
赤くなって手を取る美衣を助け起こすと、珪は手を繋いだままアトラクションに向かって歩き出す。
「あ、あの・・・、珪くん?」
「放っておくとまたこけそうだし。こうしてた方が安心だろ。」
「うぅ、子供じゃないよぅ。」
「・・・同じ。」
口の端を上げながら言われた言葉の本当の意味には気づくこともなく、美衣は「ホントに子供じゃないよ〜」と、ちょっと口を尖らせながら抗議する。
だけどそれでも彼女は自分から手を放そうとはしなかった。それが珪には嬉しくて。
ぶらぶらと繋いだ手を揺らしながら二人はゆっくりと歩いていく。
あの頃よりも大きくなっているとはいえ、美衣の手はやはり小さくて柔らかくて、そして温かかった。
そう、同じ。
彼女はあの頃と同じままに、純真で真っ直ぐで温かい。
あれは、今は自分だけしか覚えていない思い出。
それを語る事ができずにいる自分だけど。
この温もりをもう二度と離したくない―――。
珪は心からそう思った。
【いちう様のコメント】
久路知紅さまに贈る相互リンク記念創作。
久路様と「初めて手を繋いだ時」というのを色々と協議(笑)してて、結局ここに行きつきました。絶対にお子様時代に手を繋いでると、私はそう思う!(大笑)
というわけで久路様に捧げます。相互リンクありがとうございました!
【久路知紅のコメント】
リクエストした時は、いわゆるデート中のドキドキ手を繋ぐを思い浮かべていたのですが、よく考えれば「6月の運動会のフォークダンスで繋いでる」と思いだし、するといちう様が「最初の教会の前で助け起こしてもらっている」と、どんどん遡ってしまいました(笑)でもでも、私も絶対にお子様時代に手を繋いでいると思います。(ホントに手だけ?とも思いますが〜(笑))
こちらこそ、素敵なお話ありがとうございます。
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