目覚めたときに…
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「アリオス! アリオス、どこっ!」 暗い洞窟の僅かに照らされた岩肌に、ただ声だけが響く。 「アリオス!!」 その応えはない――。 虹の森を出て集落に戻っても、アリオスの姿は無かった。どうし ても、一人ででも探しに行くと言ったアンジェリークに、オスカー とヴィクトールが一緒に来てくれた。 「アリオス、居たら返事しろ」 「アリオス!」 響くのは呼びかけの声のみ。 「アリオス…」 アンジェリークは気配を見逃すまいと、目を巡らせる。 「おい、お嬢ちゃん」 オスカーが慌てて腕を引っ張った。 「一人で先に行くな。お嬢ちゃんまで見失いそうだ」 「…………」 思わず俯いて唇を噛んだ。 確かにそうだ。ちゃんと一緒にいたほうがいい。それは分かって いるのに。 その岩の向こうに、この細い分かれ道の向こうに、アリオスがい るように思えて、胸が締めつけられる。 「アリオス、アリオス! どこっ!!」 こんなに呼んでいるのに、返事がない…。 「ここ、ここに居たのに…」 見覚えある岩壁に手をなぞらせる。ここにアリオスと二人で座っ て、皆を待っていた。 「こっちにいるのかしら」 奥に続く細い道を行こうとして、つまずいた。 「きゃっ」 パシャっと膝から水たまりにしゃがみ込んでしまった。 「お嬢ちゃん! 大丈夫か?」 オスカーがすぐかけよる。 「怪我はないかい」 と差し出された手を、アンジェリークはポカンと見つめた。 ――どうして? ドウシテ アリオスノ テ ジャナイノ? 「あ、ありがとうございます。大丈夫です」 慌てて立ち上がって膝の水を拭う。 「っ…」 どうやら膝を打ったらしく僅かに血が滲み出た。 「お嬢ちゃん、怪我したのか?」 「これくらい、大丈夫です」 ハンカチで拭って、きゅっとしばる。 「アンジェリーク」 ヴィクトールが顔を覗き込んだ。 「やはり夜の洞窟は危険だ。一旦戻ろう」 「えっ、だって」 ヴィクトールは小さく首を振った。 「アリオスのことは俺も心配だ。だが、これだけ探しても気配もし ない。再び落盤があった形跡もない。一旦戻って、明日になっても まだ戻ってこなかったら、出直そう」 「………」 「そうだな、お嬢ちゃん。その方がいい」 オスカーも同意を示す。 「もしも危ない状況に遭遇していても、あいつなら切り抜けている はずだ。それよりも、あいつを探して、お嬢ちゃんに何かあった ら、それこそあいつは怒ると思うぞ」 オスカーが、アンジェリークの膝を目で示す。 「…………」 『あ? なんだお前、俺がそこらへんの奴らにやられるとでも思っ たのか?』 『そうじゃないけど…離れてると、つい心配になっちゃって…』 『出たな、お人好し。そんなことだから、怪我したりするんだよ』 『…気づいてたの?』 『当たり前だろ。相変わらずドジやってきたんだなぁと呆れたぜ』 『アリオスったら…ひどいわ!』 『ハハッ…』 「アリオス……」 そう思う。きっとこの怪我を見ただけでこっぴどく怒るだろう。 だけど―― 『…仲間の元に送り届けるまでが、俺の仕事だからな』 そう呟いた時のアリオスの横顔。一瞬浮んだ、切なそうな苦しそ うな、それでいてひどく優しい瞳だった。 ドクドクッ。 鼓動が速くなる。全身が熱くなる。胸に何かがつき上がる。 洞窟を振り返る。 暗く冷たい岩肌と、湿った空気がただあるだけ。 「アリオス! どこっ!! 返事して!!」 |
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背景素材:Salon de Ruby 様 |